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●こんにちは。管理人の牛乃あゆみです。更新状況のお知らせ代わりに始めたブログですが、それ以外の話題が増えてきました。(笑)お知らせのほか、日々のアレコレ創作周辺の話題なども気ままに書いていきます。ゆるゆるとおつきあい下さいませ。

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●別にカテゴリ別ページも設けました。複数のタグがついている記事は各カテゴリに重複して出てきます。ちょっと錯綜しておりますが、ご了承下さい。


酉の市見物…と、やっぱり古本

買ってきたミニ熊手。手のひらサイズです。(笑)
買ってきたミニ熊手。手のひらサイズです。(笑)

さてさて、今日は地元横浜の金刀比羅大鷲神社で行われている酉の市(お酉さま)を見に行きました。じつはぜんぜん予定してなかったことで、昨日喫茶店で仕事をしていたときに隣のテーブルのおじさんたちが「明日はお酉さまなんだよな」と話しているのが耳に入ったのです。調べてみたら三の酉。(三の酉のある年は火事が多い、とか言いますね。何が根拠なんだろう…)…で、なんとなく行こうかという話になり、急遽家族で食事がてら地元観光、ということにあいなりました。

 

地元といっても市内というだけなんですが、聞いてみると父は二、三年前までほぼ毎年見に来ていたとのこと。私は自分の意志で見にきたのは記憶にある限りでは初めてですが、子供の頃に行ったことがあったかもしれません。大好きな桂歌丸師匠ゆかりの真金町ということもあり、いろいろ楽しんできました。

 

酉の市では、商売繁盛を願う熊手の飾りものが売られます。自分もいちおうこうして細々ながら電子出版業?(笑)を営んでいるので、他の翻訳のお仕事なども含めて繁盛を祈り、ミニサイズの熊手を買ってきました。せめて作品用の良いアイデアをかき集められますように!

 

熊手をゲットしたあとは屋台見物。熊手を売ってるエリアはごく一部で、ふつうの縁日系の屋台のほうが圧倒的に多かったです。食事のあとだったので買い食いはしませんでしたが、見て回るだけでも楽しい。(笑)しかし日曜日と重なってるせいかすごい人で、見物というより人の緩い流れに従っていく感じでした。(父は「今まで見たなかで一番混んでた」とまで言ってました~☆)

 

 

いちおう神社の前まで行きましたが、中に入る人の行列がものすごくて参拝はあきらめました。が、境内を囲む石の杭(?)に、たぶん寄付をした方々のお名前が彫られてるんだと思うんですが、入り口右手に歌丸師匠のお名前がひときわ大きく彫られていました。そこから混雑を避けて横浜橋商店街に抜け、レトロなお店の見物とお買い物。ここでも歌丸師匠の似顔や御写真が飾られていて、カメラを持って行かなかったのがつくづく悔やまれました!(スマホ使ってないので、カメラがないと写真が撮れないのです(^^;))

ゲットした掘り出し物。『へびつかい座ホットライン』『ミステリーゾーン4』『ギデオンの一日』『エピソード魔法の歴史』。シメて千円ナリ。
ゲットした掘り出し物。『へびつかい座ホットライン』『ミステリーゾーン4』『ギデオンの一日』『エピソード魔法の歴史』。シメて千円ナリ。

 

 そこから最寄り駅の阪東橋方面に出て家族と別れ、いつもこの方面に来ると立ち寄る古書店さんを物色しながら、黄金町近辺から関内方向へ。関内寄りのところに最近開店した雲雀洞さんという古書店があって、いくつか掘り出し物をゲットしました♥

 

一番嬉しかったのが、ジョン・ヴァーリィ『へびつかい座ホットライン』。これ、じつは九月頃見つけたテッド・チャンさんの講演動画のなかで、この作品の地球外知的生命の描写が好きだと紹介されていた作品なんです。(ちょうどこの連休にようやく時間をとれ、動画からのメモとりができたので、近いうちに内容の概略といっしょにPC用同人母艦サイトのチャンさんコーナーと、モバイル用に個人ブログにも記録しようと思っています)

 

すごく興味が湧いて読みたくなったんですが、近所の古書店でなにげに探してもなかなか見あたりませんでした。で、今日は古書店に寄れたら探そう、なければもう通販しよう……と思っていたくらいなのです。これはもう、昨日偶然耳にしたお酉さま情報からいもづるで「呼ばれた」な、と。(笑)帰りは読みながら帰ってきました。

 

ほかにも、以前『君の名前で僕を読んで』の感想で言及したスコットランドヤードの刑事ギデオンシリーズから『ギデオンの一日』、三巻だけ持っていた『ミステリーゾーン』の第四巻、なんとなく面白そうだった教養文庫の『エピソード魔法の歴史 黒魔術と白魔術』というのをゲットしてきました。じつはギデオンは『ギデオンと放火魔』もあって手に取ったんですが、図書館で読んでしまったし……と自制しておいてきました。

 

文庫中心で現代教養文庫のシリーズが充実していたのが印象的なお店でした。好みの本も多かったので、これからは関内に行ったら寄りたいです♥

 

*       *       *

 

 

三連休の二日間は、コリン・ウィルソンの『小説のために』やウォルター・マーチの『映画の瞬き』などなどに助けてもらいながら、壁にぶち当たってたイアン新作の構成いじりをしてました。少しばかり前進して、連休最終日がこんな一日になり、気分転換という以上に自分のパースペクティブが変わった感じがするので、これからの作業に良い影響があるといいなと思います。足にはかなりキてますが(笑)、大満足な一日でした。

ブルーライト対策・クリップ式メガネ買ってみました。

こちらが装着したところ。クリップに少しメカニック感(笑)がありますが、フチなしのレンズだけなので見た目はほとんど気になりません。
こちらが装着したところ。クリップに少しメカニック感(笑)がありますが、フチなしのレンズだけなので見た目はほとんど気になりません。

ここ最近、ブルーライトの害を報道する記事がまた増えてきたりして、そういえば(乱視+ろーがん矯正入りのメガネを作ってから疲れは減ったものの)まぶしいとかその手の目の酷使感はあるのかな……と気になり出しました。以前100均のパソコン用メガネは使っていたのですが、今年初めて眼科でメガネを作ってもらってから、二つはかけられないのでしまい込んでいたんです。で、掘り出して乱視メガネの上にかけてつるのところをセロテープでとめたらけっこう使えたんですが(笑)、うっかりこのまま宅配の受け取りとかしちゃったらかなり恥ずかしいので、まともな方策を立てることにしました。

 

最初はディスプレイに貼るタイプのフィルムとか、前に掛けるプロテクターを見ていたんですが、ふと「メガネのほうで防げばディスプレイ買い替えてもずっと使えるじゃん」と気づき、メガネの上にクリップで装着するブルーライトカットメガネというのを見てみたら、こっちのほうが劇的に安いので(笑)注文してみました。

跳ね上げたところ。目からビームを出す時はこうします。(笑)
跳ね上げたところ。目からビームを出す時はこうします。(笑)

…昔、先輩がメガネにクリップ式のサングラスをつけていて、跳ね上げて開閉(?)できるので、コマ撮りして目からビームを出したことがありました。(手伝っていた自主制作8ミリ映画のギャグで、あとから手書きで光線を加えたんです。…あ、フィルムのお話です。ビデオでなく!(^^;))…で、クリップ式にはちょっと面白いイメージを持ってました。これで自分でも目からビームが出せるように!(笑)

 

 

冗談はさておき、メガネにおんぶする分少し重くなりますが、確かに体感的に目が楽です。最近日常的に目が充血してしまってたので、これで少しでも疲れ目が軽減できればいいなーと思います。あと、必要があって寝る前にディスプレイを見てしまった後など、眠れなくなるのも軽減できればと……。(なるべく夜はPCを使わないようにしてるのですが)

100均のパソコンメガネと「二重がけ」していたときの状態。いや、まじめに二日ほどこれかけてました……。(笑)
100均のパソコンメガネと「二重がけ」していたときの状態。いや、まじめに二日ほどこれかけてました……。(笑)

 

ちょっと面白かったのが、この商品にブルーライトカットのテストができるキットがついていたこと。ミニミニ懐中電灯みたいなブルーライト発生器と、ブルーライトが当たると青紫に変色する板のセットです。

 

普通のメガネを通してブルーライトでこの板を照らすと変色し、このレンズを通すと変色しません。…で、ついでに以前使っていた100均のパソコンメガネも試してみました。そしたら……たいしたものです! ほぼ変色しませんでした! 乱視とろーがんの問題がなければこれで事足りてたので納得です。

 

ともあれ、使えそうな商品でよかったです。コミケのスペースもいただけたので、年末に向けて活躍してもらう時間が増えそうです。

 

神田古本まつり/戦利品とランチ

無料配布されていたガイドとマップ。
無料配布されていたガイドとマップ。

昨日、神田古本まつりに行ってきました。11/4までとのことで、行けるのが昨日しかなくて。今日は文化の日だそうで、ゲットした本をまったり愛でるのもいい過ごし方じゃないかなー(笑)……ということで、疲れた足を休めつつ、ご報告がてら戦利品がらみのお話など。 

 

うちからだと神保町まで一時間半くらいかかります。朝けっこう早めに出たつもりたったんですが、着いたらもう11時。まずは少し本を見て、ランチタイムのピークを外してゴハンを食べることにして、いざ物色開始です。というか、もう駅を出るとすぐ青空古本市の出店が続いていて、否応なく。(笑)とりあえず出店に沿って左折して進みました。

 

←途中こんなガイドとマップのセットを無料配布しているところがあり、いただいてきました。まつりじゃないときもこういうマップは無料配布されています。正直歩いてるときはしらみつぶしなのでこれは見ないんですが、冊子にはジャンルごとの古書店ガイド、店舗紹介などの他にゴハンやお茶のお店の紹介もあり、食事やお茶のときに見たり、帰って次に行きたいなーというお店を探すのにもお役立ちです。

 

『世界を騒がせたスパイたち』下巻

現代教養文庫の『世界を騒がせたスパイたち』。今回ゲットした下巻と、以前地元で見つけていた上巻。やっと揃いました♥
現代教養文庫の『世界を騒がせたスパイたち』。今回ゲットした下巻と、以前地元で見つけていた上巻。やっと揃いました♥

神保町はなかなか行かなくなったので、行くとなるといつも「何か買って帰らなくちゃ」と思ってしまいます。なので何か一冊買うまではちょっと落ち着かないんです。最初の一冊を買うとようやく落ち着いて「漫然と本との出会いを楽しむ」モードになる、というのが自分のパターンです。

 

今回その最初の一冊になったのは、現代教養文庫「ワールド・グレーティスト・シリーズ」(このシリーズ好きです♥)のひとつ、『世界を騒がせたスパイたち』……の、下巻です。以前地元のブックオフで上巻だけゲットしたんですが、下巻はアマゾンのマーケットプレイスにもなく、すぐほしい訳でもないので「それとなく」探していた本の一つでした。メインストリートから横に入る路地に並べてあった棚の群の果てで見つけ、少しカバーに少し染みがありましたが、これで上下とも108円で揃いました。自分的にはお祝いです♥

 

年代順に実在のスパイを紹介する本で、上巻はスパイの嚆矢から二次大戦あたりまで、マタ・ハリやらキム・フイルビーやらといった有名どころもこれに入ってます。

 

下巻は冷戦から現代(刊行時)まで。帰りに電車の中で少し読んできたんですが、なかなか読み応えがあります。よくスパイもので出てくるようなことって現実にあったことなんだなーと……。

 

腐女子として食いついてしまうのはやはり同性愛関連なんですけど、そのケースのウィリアム・ヴァッサルという人物が紹介されてました。思想的な理由でスパイをするのではなく、敵方に証拠写真などを撮られて弱みを握られ、スパイ行為を強要されるケースです。この時代、同性愛はイギリスでもソ連でも発覚すれば監獄行きなので、ヘテロのハニートラップとはかなり違うニュアンスだと思います。このヴァッサルもずっとビクビクしながらスパイ活動をさせられていて、イギリス当局に捕まったときはどこかで「じつに不思議な、ほっとした気持ちだった」と語ったそうです。18年の投獄後仮釈放され、修道院に入ったそうですが、テレビのスパイドキュメンタリーでインタビューに答えたとのこと。その中で「私は誰も憎まない。KGBの連中もね。彼らは彼らの役割を果たしていたにすぎないのだ」という諦観とともに、彼と同様に同性愛者でスパイだったアンソニー・ブラントに言及し、彼はスパイ行為を告白したあとなぜ15年も自由の身でいられたのか、と苦々しい気持ちを吐露したそうで、上巻に入っているブラントも改めて読みたくなりました。

 

アンソニー・ブラントは、王室とのつながりがあったために長いことスパイ行為の処罰を免れていたと言われる美術鑑定の権威で、イアン・リチャードソンが彼を演じた『諜報員ブルント 第4の男』(一般的にはブラント表記ですが、スペルはBluntです)という映画があります。リチャードソンはシャーロック・ホームズを演じた他、『コナン・ドイルの事件簿』ではホームズのモデルになった実在のベル教授役も演じていて、ホームズファンとしては馴染みのある俳優さんです。(この方のホームズ映画はすごく脚色が上手だったので、あまり言及されないのが不思議です!)

 

『諜報員ブルント』はレンタルで見ましたが元はテレビ映画で、画質を含めていかにもその程度のクオリティだったように記憶しています。が、若い頃のアンソニー・ホプキンスが同性愛者を演じているのも今では珍しいし、リチャードソンもエレガントだった上にこのテーマなので、リアル店舗で安く売ってるのに偶然出会えたらほしいなー、と思っている一本です。地元のレンタル店ではすぐに店頭からなくなってしまったので……。

 

ポケミス/ブランドステッター・シリーズから

以前このブログでもご紹介したホモセクシュアル探偵、ブランドステッターシリーズの最終巻『終焉の地』と『真夜中のトラッカー』。
以前このブログでもご紹介したホモセクシュアル探偵、ブランドステッターシリーズの最終巻『終焉の地』と『真夜中のトラッカー』。

…ちょっと横道にそれすぎました。この調子で横道に入りまくってると終わらないのでささっと行きます!(笑)

 

このブログでも以前ご紹介しました、ホモセクシュアル探偵デイヴ・ブランドステッターシリーズから2冊をせしめてまいりました♥(以前の記事はこちら)まずは最終巻の『終焉の地』。500円で正直それほどお得感はなかったんですが、オビの裏側にシリーズすべてのポケミス番号(?)が印刷されていたので、「このあと探すのに役立てよう」と買いました。(古書店ではこのナンバー順になってることが多いので著者名で探すより楽なんですけど、スマホを使ってないのでその場では調べられなかったんです)同じお店にシリーズは数冊ありましたが、これもあまりお安くなかったので見送り、そのあとはポケミスを見つけるとサーチしました。で、200円で見つけたのが『真夜中のトラッカー』です。

 

シリーズの邦訳は三作目まで読んだところなんですけど、数冊集まったものは順不同で、次の『誰もが怖れた男』が手に入ってないので、仕方なく安い原書のkindle版で『The Man Everybody Afraid of』をちまちま読んでいます。(たまにしか読まないのでなかなか進みません)でもやっぱり日本語でサクサク読みたいので、残りの巻をゆるく探しています。その気になれば通販で揃いますが、リアルで見つけたい感じなので。今回で半分くらい揃ったことになりますが、いちおう順番通りに読んでいるので、これらはしばらくお預けです。

『終焉の地』に入っていたナゲコミ。このタイムスリップ感が好き。(笑)
『終焉の地』に入っていたナゲコミ。このタイムスリップ感が好き。(笑)

余談ですが、古本でときどき中に入ってる「今月の新刊」みたいなナゲコミを見るのがけっこう好きです。時代感を感じるのはここなんですよね。昔のテレビ番組の録画を見返した時に、番組以上にCMで強烈な時代感を感じるのとちょっと似ているでしょうか。

 

で、『終焉の地』に入っていたのがコレ。映画化作品の紹介でタイムスリップしました。ティム・ロビンス出演、ロバート・アルトマン監督の『ザ・プレイヤー』、ブリジット・フォンダ出演『ルームメイト』(の原作)。両方見た気がするので、なんだか「うわー」と思いました。中身はあまり覚えてないんですけど。(笑)この時期は映画雑誌も毎月買っていたので、見なかった作品でも記事で読んだへんなトリビアを覚えている場合があります。妙ですよね。(笑)

 

同じ理由で、巻末に入ってる新刊・既刊紹介も好きです。やはり特に映画化作品、ノベライズ作品があると時代感がぱっとわかりますし、読んでない本(ほぼすべてがそう)のリストも、紹介文を読むとその時代の流行りとかなんとなく伝わってきます。懐かしかったり、それより古いものだと時代感を想像できたり、やはり楽しいものです。

『ダウニング街日記』上下

チャーチルの秘書官の二次大戦の時期の日記。おそらくイアンには「基礎情報」。チャーチルの著作と合わせて読むと立体的になりそう。
チャーチルの秘書官の二次大戦の時期の日記。おそらくイアンには「基礎情報」。チャーチルの著作と合わせて読むと立体的になりそう。

 

今回一番嬉しかったのが、『ダウニング街日記 首相チャーチルのかたわらで』上下巻。チャーチルの秘書官ジョン・コルヴィルがつけていた第二次世界大戦の頃の日記です。以前図書館で借りたのですが、「こりゃ手元に置いてちょいちょい参照したいやつじゃん!」と思ってほとんど読まずに返し、いつか買おうと思っていました。ちょうど映画の『チャーチル ノルマンディーの決断』を見たばかりで(これは別に感想を書きたいです)、首相自身の二次大戦回顧録を読む時にこの日記も参照したいなーと思っていたので、今回わりと狙っていたものでした。

 

わりとすぐに見つかったんですが、もう少し安いところないかなーと思って粘り、見つけたものはさらに高かったので(笑)、結局最初に見つけたお店に戻って買いました。上下セットで2250円ナリ。値札は2500円なので「あれっ」と思いましたが、古本まつり協賛の一割引きだったようです。カバー以外は使用感なしの美本で、元が各3980円であることと中身の貴重さを考えたらありがたいです。

 

ただ、上記の映画とのからみで知りたかったノルマンディー上陸作戦の時期は、カンニングしたところこの秘書官自身が空軍に行ってたそうで、チャーチルの側にはいなかったみたいです。ちょっと残念ですが、それ以外のところも興味津々なので少しずつ楽しみます。チャーチルは現在書いてるイアンシリーズの主人公のお得意分野ですし、これなんか彼にとっては基礎資料の一つのはず。自作のキャラに追いつこうと微力ながら努力をしてオリマス。見える成果が出るかは謎ですが……。(笑)

 


戦利品は以上でした。お昼ごはんは、昔から気になっていたレストランに入りました。神保町の地下鉄駅からの出口、岩波ホールの下の階段の途中にあるトリッペリア モツーダというお店。いつも前を通ってたのに、薄暗い店内がなんとなく入りにくくて、一度も入ったことがありませんでした。……若い頃は神保町というと「お昼はボンディーでチーズカレー!」が定番だったんですが、今はあのボリュームはきついのと、胃の調子が良くなくて刺激物は避けたかったのもあり、なんとなく朝から「グラタン食べたい」と思ってたんです。そしたらそのグラタンがこちらのランチメニューとしてどどんと宣伝されていたので、地上に出る前にここで食べようと直感で決めました。(笑)1時過ぎに入り、通してもらった席は奥の角で、自分には最高に落ち着ける席でした。空いていたのもあって雰囲気よかったです。サラダとドリンクバー付きで990円。めちゃくちゃおいしかった……! 最近グラタンなんてうちでは作らないし、冷凍ものやスーパーのお惣菜でしか食べてなかったのでことさらに。ちゃんとしたお店で食べるグラタンて別ものですねえ……。イタリア大衆ワイン酒場とのことで、下戸の自分にはワインは堪能できませんが、便利なところにあるしおいしかったので、また行ってみたいです。

 

…さて。こうして振り返ってみると、今回購入した本は古本まつりの青空古本市じゃなくて店舗から買ったものでした。こういうもんかな(笑)。神保町の古書店、特に古いお店は独特の古本の匂いがあって、ブックオフなどのユーズドブックのお店とは別ものです。久しぶりにこの匂いを嗅いで、貴重な木版画なんかも当たり前のように展示されてるのを眺めたりして、贅沢な時間でした。なんだか生き返ったような気がします。次は胃の調子のいいときに行って、お茶や食道楽のほうも楽しみたい……。それはそうと、まずは本を楽しみます♥  

「サン・クレメンテ化」する音楽とサンクチュアリ/『君の名前で僕を呼んで』

劇場で一回見たあと原作を読んで書いた感想です。挿入歌の私的な解釈も少し書いています。ちまちま手を入れてるうちに二か月くらい時間が経ってしまいました(^^;)。長くてすみません。(これでも書き足りなかったりする(笑))原作の映画で省かれた部分の内容に少し触れていて、逆にパンフ等は読んでいないので、そのへんもあらかじめご了承くださいませ。

 

*      *      *

映画と原作

 

主人公の少年エリオが暖炉の火に照らされながら、ゆっくりと涙ぐんでいく長回しのラストシーン。あそこで流れていた"Visions of Gideon"を今聴きながら書いてます。自分にとってこの映画は、あのワンシーンとこの音楽に尽きます。監督はティモシー・シャラメにこの曲をイヤホンで聴かせながら演じてもらったとか。納得です。あとで書きますが、原作からばっさり切った要素をこの曲が充分に補完して、映画として着地させる役割を一手に引き受けていた感じさえします。

 

正直映画から「物語として」の面白みは感じなかったのです。筋はある意味単純で、美しい二人が出会い、まどろっこしい手順を経て思いを打ち明け合い、体の関係を結び、もともと限られていた時間が尽きて美しく別れる。イタリアというと『青いなんたら』的世界(「お坊ちゃんが大人の女性に性的な手ほどきを受ける」青春映画)が十八番なイメージがあるんですが、ある意味その手のファンタシーの範疇でもあるのかも。でもそれが男性同士の同性愛になると、なんと深遠で美しいものとして、ある意味高尚なものとして描かれることか――女性としては怒らなくちゃいけないところかもしれません。腐女子としては「ごっつぁん」」ですが。(笑)

ただし、主人公の置かれた環境はかなり特殊です。同世代の男の子がまったく出てこない、イタリアの避暑地の夏休み。インテリで進歩的な両親に育まれ、ウォークマンでクラシックを聴き、趣味はその編曲。一番親を疎ましく感じそうな年頃なのに、両親の膝に頭を載せて読み聞かせをしてもらったり。「たまたまドイツ語」だった本を訳しながら読んでくれる高機能ママと、同性愛に理解を示す度量の広いパパ。原作によると地元の地主で、家には使用人がいて買い物はすべてパパのツケ。家にたくさん来る客の中には中年のゲイのカップルもいて、彼らが自然に受け入れられている空間。同性愛ゆえの葛藤や差別に傷つくという、ある意味定番の(?)描写はほぼありませんでした。わずかに終盤のアーミー・ハマーの台詞で、あのサンクチュアリの外ではゲイが差別される現実があることを思い出させますが、主人公がいたあの時空はそういうものから奇跡的に守られています。経済的・知的・文化的に恵まれすぎた環境で、見ていて少々鼻白むほどのサンクチュアリ。エリオはそこでごく「自然に」自分の感情に従って行動して、それが「自然に」受け入れられているように見えます。

 

そんなわけで、途中までは「主人公が恵まれすぎている」「設定が都合良すぎる」「葛藤がなさすぎる」と、ないない尽くし・・・・・・ではなく「すぎすぎ尽くし」(笑)で、頭のなかでツッコミ入れっぱなしでした。でもそのうちに、いかに自分が「ゲイがモチーフのときには障害がなければ」という偏見に縛られているかに気づかされました。そしてこの映画が表現していたのは「恋心の感覚」そのものであり、その破局だの成就だのではなかったのだ、ということも。物語っているというより「表現している」というのがしっくりきます。

 

主人公は女の子とも関係を持ちますが、彼女はむしろ引き立て役です。登場する女の子たちはあえて美しくは見えないにように、単に肉感的な、生々しいエロスの印象だけを与えるように撮られているように見えました。たとえば泳いだあとの髪がぐちゃぐちゃの姿とか、容赦なくリアルに撮っていて。少年と青年がひたすら美しく、官能的な場面でも「清潔に」撮られているのとは対照的です。

 

この視点は、うがって見ると主人公のものの感じ方を反映しているようにも思えます。男性に魅力を感じ、性的なことに興味津々の「十代の男の子」の視点。年上の「映画スターみたい」に完璧なアメリカ人青年オリヴァーが崇拝の対象になる一方で、エリオと同年代の、いわばションベンくさい「女の子」が、性的な体験を積むための対象としてある意味矮小化されているのは、そのまま主人公の正直な心情なのでしょう。(たとえ崇拝の発露がパンツをかぶるという行為だとしても(笑)、やはりこれは崇拝なのだと思います。原作を読んでから特にそう感じます。変態的ではなく幼児的な愛着に見えます。ルックスのせいですかね?)

 

でも、映画全体の視点はもう少し広いものでした。カメラはエリオの一人称ではなく、エリオそのものを対象化しています。エリオに体験を与える当の女の子マルツィアが、二人の関係を単に性的なものから「生涯の友情」に変える可能性を提示します。これは(自分の見落としでなければ)原作にはなかったので、脚色段階で入った要素でしょう。目立たないけれど、原作の終盤を省略したことで空いた穴を、ある程度埋めているとも思いました。原作からはもう一つ、エリオの家の隣に住む10歳の女の子ヴィミニが省かれていますが(幼いけれど非常に頭が良く、病気で短命を運命づけられています。オリヴァーと「友情」を結ぶ、ちょっと寓話的なキャラクターです)、彼女が抜けたところも、マルツィアが「友情」に言及することで少し補っているかもしれません。つまり頭脳を持つ女の子、「友情」を育む女の子というものを、エリオの世界の中に配置しているのです。

 

挿入歌の"Visions of Gideon""Mystery of Love"を書き歌っているスフィアン・スティーヴンスのインタビューを読んだところ、監督は当初ナレーションをかぶせるつもりで、スティーヴンスにナレーター役を打診したとか。原作はエリオが一人称で回想と当時の思いや妄想を怒濤のように語りまくるものなので、それを引き写そうとしたのだと思います。そうしたら逆にスティーヴンスからナレーションはいらないのではと提案され、ああいう形になったそうです。できあがった映画のエリオは、正直何を考えているかわからない描かれ方で、「本当はナレーションがあった」と考えるとちょうどいいくらい「説明不足」なんですが、そこは音楽で見事に補完されていると思いました。感情は全部歌とインストルメンタルの音楽で繊細に表現されていたと思います。

 

Sony picturesが公開しているスクリプトにもナレーションはないので、この監督と歌手のやりとりが早めにあったのか、あるいはそれに合わせて書き直されたのかはわかりませんが、「小説」から映像と音楽が融合する「映画」の文法に翻訳された、ということだと思います。物語という以前に映画であり、音楽であり、絵であり――ダンスや古典芸能に近いような、瞬間の感情を拡大して見せてくれる、理屈でなく脊髄反射で鑑賞するようなタイプの映画だったと思います。だからツッコミ入れまくっていた間の自分はまた頭で見ていて、「鏡獅子なんて毛を振り回してるだけじゃん」という程度の鑑賞をしていたことになります。

 

脚色したジェームズ・アイヴォリーは今年90歳。脚色だけとはいえ、なんと瑞々しい映画を作ったものか――と思います。アイヴォリーが関わった同性愛映画という意識がどうしてもあって、やっぱり自然に『モーリス』と頭の中で並べてしまいました。時代の変化、二十世紀初頭のイギリスが憧れた南欧の明るさと解放感――『モーリス』に出てきた精神科医は、どうしても同性愛を「治せない」ならイタリアにでも行けと勧めました。まさにそのイタリアの、80年代の話。『モーリス』にあった同性愛の禁忌や階級意識ゆえの葛藤や障害は、当然ながら今作にはまったくありません。現代でも差別はあるのですから、やはりサンクチュアリと言うしかなく、あまりにも美しくスムーズで「ありすぎる」、と感じたのは、『モーリス』が頭にあったことも関係しているかもしれません。時代としてはエイズが問題になる前ですから、そういう意味では本当に現代以上に「サンクチュアリ」だったのかも。でもそこにある感情はとてもリアルでした。劇的な障害がないからこその、微視的な感情の起伏のリアルさ。現実の恋愛にある障害はたいていの映画よりはるかに平凡で、多くはそれぞれの心の中の問題だったりします。家が敵同士だなんてわかりやすいケースはまずありません。「ゲイだから」ではない、外から見たらなんの障害もない平和な世界での恋愛感情とその展開を、とてつもなく見た目の美しいキャラクターで見せている世界。

 

父親の長い語りが突然深みを添えます。同性愛を特別な友情として語る父親の職業は古代ギリシア関連の研究者らしく[後に追記ありです]、たしか映画でも古代ギリシアっぽい彫像が出てきてました。もちろん古代ギリシアは理想化された同性愛のある世界。『モーリス』のクライブ・ダラムが学生時代に憧れた、「プラトン的愛」が成立する世界。そことイメージを結びつけることで、現代で言う「ゲイ」を超えた深遠なイメージを醸し出しています。そして父親がエリオとオリヴァーを共に「善良」だというのも。

 

――[追記:像のシーンのイメージで、元は無意識にパパを考古学者と書いていたのですが、気になって原作で確認しようとしたところ、ざっと見では分野を特定できる箇所を見つけられませんでした。映画では像のスライドを整理していたのでやはり考古学者なのか、それともオリヴァーの書いた本のテーマがヘラクレイトスなので、教え子だとするとギリシア哲学か何か……? それともオリヴァーが言及する「言語学入門講座」をパパの講座とすると言語学でしょうか。でもそれでやり込められるのはおかしいか……?(映画では試すためにわざと間違えてたみたいですが) …見落としかもですが、とりあえずパパの専門分野は保留いたしますね☆]――

 

女の子への態度なんかを見ると、エリオの資質は配慮のない無邪気さでしかないように見えるのですが、たしかに意識して騙そうとはしていない。あけっぴろげな正直さが善良と言えるなら、たしかにそうでしょう。ただし現実でそういう特質が肯定的に受け入れられることはあまり想像できないので、これも奇跡的な環境だと言えます。こういうことを「見守る」ことができる父親(映画では両親)の、なんという奇跡。こうありたいという姿――こういうものを見せてくれるのも映画のひとつの役割ですね。E.M.フォースターが『モーリス』のあとがきで、ハッピーエンドにしないならわざわざ書かなかった、と書いていたのを思い出しました。

 

…原作では「善良」の部分の訳は「優秀」なので、少しニュアンスの違うセリフになっています。でもたしかに、知的な優秀さが釣り合っていることも奇跡的な出会いですね。これってすごく大事なことだと思います。正直エリオの知識の豊かさは……行ってる学校がどういうものかにもよりますが、フツーに考えると同年代のなかでは疎まれそうです。

 

というわけで、この作品が成り立っているのはとんでもなく美しいビジュアルと音楽による「映画芸術」であるからで、物語によるのではないように感じました。なので「小説でこれを成立させているとしたら、いったいどんな仕掛けなんだろう?」と思わざるをえませんでした。ぶっちゃけBLなら濃厚なベッドシーンでも入れれば成立するかもしれないですが、あからさまでありながらそういう作品ではないので。BLにしても障害がなさすぎるのです。

 

で、読んでみたら――エリオが思いや妄想を一人称でえんえんと語り続けるもので、心情がリアルでした。相手に夢中になりすぎておかしくなっていき、ときどき妄想に拍車がかかる。そして彼はそれを壊したくない。急に冷めたり、またのぼせ上がったりというところもリアル。そういう意味で青春小説なのでしょう。ただ、一番面白かったのは20年くらいあとを描く終盤でした。エリオのある意味乙女な妄想、ああでもない、こうでもないとグルグルしちゃうところ、おかしな理論武装で不安を抑え込もうとするところ、そして「あえてイメージを壊したくない」というナイーブなところは、ひげ面の三十男になってもずっと続くのです。ここまでを見て「恋心とはこういうものだよね」というところが立体的になった気がします。原作の終盤は慌ただしくはありますが、あの一夏の関係が2人にとって決してそれだけのものではなかったことが描かれていました。

 

原作に出てくる「リアルすぎる」がキーワードかもしれません。エリオは現実で再会したオリヴァーに勧められても、彼の妻や子供に会おうとはしません。「リアルすぎる」からです。冷凍保存した恋心とそれに関わるすべてを、「現在のリアル」と結びつけて生々しいものにしたいとは思わない。強烈なロマンチストであり続けているのです。

 

「リアルすぎる」は、ぱらぱらと読み直していたら、別の箇所にもある言葉でした。二人がローマで数日を過ごした時、オリヴァーがタクシーに乗りたがるのに対して、エリオはバスに乗りたがり、オリヴァーが折れるのですが、混雑にもまれて結局降りる、というところ。そこでエリオがバスを降りる理由も「リアルすぎる」です。なんだかエリオという人物がよくわかる気がします。何かに「リアルに」接してみたいと思うのだけど、いざそうしてみると受け止めきれない。「リアルすぎる」。とても共感できます。

 

そして映画では出てこなかった、ローマでの詩人の詩集出版を祝うブックパーティー。このシークエンスがすごく好きなんですが、エリオが詩集のなかで一番好きだと言うのが『サン・クレメンテ症候群』という詩です。メタファになるサン・クレメンテ聖堂は、現在の教会の下に古代ローマ時代のキリスト教教会、さらに下にミトラ教寺院が重なっているのだそうです。この詩の説明にある「重なり」とモザイクのイメージは、まさにラストに流れた"Visions of Gideon"から感じたイメージでした。記憶がモザイク化して幾重にも重なる感じ。この「サン・クレメンテ化」する記憶の感覚そのものが映画のテーマだったのかもしれない、とも思うのです。恋心がそのまま冷凍保存されてるような感覚は、現実離れしているとも、逆にこれこそ現実だとも思えます。

 

インタビュー記事のリンクに続編が作られるらしいとあり、IMDbにも同じキャストで項目ができていたのですが、これの続編て成立するかなあ……とちょっと疑問に思いました。原作に忠実に作るとしたら、残りの部分は一本の映画にまとめるには中身がない気がしますし、「恋心」を表現した今作に「続き」というのもあまり意味がない気が……。エリオの20年後を演じるにはティモシー・シャラメは若すぎますし。(回想シーンに出るのかしら?)

まあ別の角度から再会した二人を描く方法はいくらでも見つけられるかもしれません。個人的には「続編が見たい」というタイプの映画ではなかったですが(それこそ「このまま冷凍してほしい」という感が強いです(笑))、できたらできたでやっぱり見ちゃうだろうな、と思います。

 

見かけた別のインタビューでは(すいません、リンクを見失ってしまいました)、ジェームズ・アイヴォリーがフル・フロンタル(前を向いた全裸)がなかったことの不自然さを指摘していたそうですが、痛しかゆしでしょうねえ……いきなりシーツで隠すのが自然でないというのはすごくわかるけれど、下世話な話題性が目立ってしまいかねないし、ぼかしが入ったらそれこそ不自然にいやらしくなりますし。…「文化的に大人な人が見る映画ですよ」とふるいにかけるのもいいのかもしれないですが、レーティングも厳しくなっちゃいますしねえ。記事ではティモシー・シャラメとアーミー・ハマーの契約条件にフル・フロンタルが含まれていなかったのが理由、とのことでした。アプリコットのシーンがあまりに生々しかったので充分だと思いますが……あれこそ映画表現というものではないでしょうか。(たぶんアイヴォリーが言ってるのは「自然さ」「リアルさ」の問題で、エロティシズムの問題ではまったくないとは思いますが)

 

オリヴァー役のアーミー・ハマー、役割を体現していたと思います。このキャラクターは現実味がないまでに完璧で大人ですが、むしろ現実的な立体感はなくていい役なのだと思います。昔好きだった歌舞伎俳優さん(脇役が多かった方)が、台詞がなく舞台にいるだけの役の心得として「絵になるように」、という言い方をなさっていたのを思い出しました。役割は意識して演じられるもの、ただ絵になるように演じるのはすごくプロフェッショナルなことなんだ、とそのとき知りました。たしかアカデミー賞受賞式番組のオープニングでは、ハマーは「動くケン人形」(ケンはバービー人形のボーイフレンドの名前)とか言われていたと思います。まさにそんな感じでひたすら「絵になるように」演じられるべき役なのでしょう。

 

24歳の設定にしてはすごく大人なのも、エリオから見た姿を表現しているのでは。ほとんど「子供」に見えるエリオを対等に扱いすぎているようにも見えましたが、それはエリオが恩師の息子で知的でもあり、オリヴァーにとって軽はずみに遊ぶ対象ではないからで、これも恵まれています。これもじつは「都合がよすぎる」と思った点ではありますが、巧妙と言い換えましょう。ああいうラストですから、少しでもオリヴァーに「つまみ食いしてる感」が漂ったら台無しですもんね。(エリオは幼児体形の名残を残す水着姿が印象的でした。手足がひょろっとして上半身にボリュームがないので、痩せてるのに姿勢で赤ん坊のようにおなかが出て見えてかわいい(笑))

 

ところでこの映画のアーミー・ハマー、誰かに似てる、誰かに似てると劇場で見ているときから落ち着かなかったのですが、先日わかってすっきりしました。『太陽がいっぱい』モーリス・ロネ。なんだかすごく似て見えます。私だけかもですが……。(「この人とこの人が似てる」と言うと、わりと賛同が得られないことが多いんですよね。目がへんなのかなー。(^^;))

 

 

「ギデオンの幻」

 

"Visions of Gideon"がとにかく気に入ってしまいました。歌詞は単語だけ見ればシンプルな中学英語なんですが、ぱっと読んだだけでは意味がとりにくいです。(MP3で購入し、ネットで原詞のテキストだけを読んで、あえて訳詞や解釈は読んでいないので私見です。ご了承ください。というのは、解釈の過程を楽しみたかったからです)

 

現実ではなくビデオか幻視だったのだろうか、と、「Is it a video?」「Visions of Gideon」で韻を踏んだリフレインが続くのですが、同じ言葉が繰り返されるうちに、歌い方もあってか意味が変わっていくように感じるんですよね。みごとな「サン・クレメンテ化」

 

タイトルと歌詞になっている「ギデオンの幻」がよくわからなくて調べてみました。

ギデオンは聖書に出てくるヘブライ人の戦うリーダーであり、しかも神を幻視して、その神託を受けて戦った勇士なのだそうです。エリオとオリヴァーは共にユダヤ人でしたね。検索していたら、『憂国のスパイ―イスラエル諜報機関モサド』という本がありまして、その原題が"Gideon's Spies"(ギデオンのスパイたち)というものでした。「ギデオン」はユダヤの戦闘的な面を象徴しているのだと思います。…ちょっと横道になりますが、個人的にはギデオンと聞いて思い出すのは、その名の刑事が主役の『ギデオンと放火魔』などの小説シリーズと、その映像化(Youtubeできれっばしを見ただけですが)でギデオンを演じたジャック・ホーキンスの角ばった顔なのです。この「ギデオン」も頼もしいキャラクターなので、なんとなく「そういう感じ」が漂う名前なのかしら、なんて思います。

 

「Vsions of Gideon」が「ギデオンが見た幻視」の意味なのか、「ギデオンそのものの幻」なのか迷ったのですが、複数形ですし、たぶん前者ではないかと思います。でもどちらで取っても、オリヴァーを神や英雄に見立てているイメージになりますね。

 

「こんなふうに意味が変わっていくように感じた」という解釈を織り込んで、ちょっと意訳してみます。あくまで自分の感じたイメージなのでご了承ください。

 

『ギデオンの幻』

 

君と最後の愛をかわした

あれはビデオ? あれはビデオ?

君のからだに最後に触れた

あれはビデオ? あれはビデオ?

 

愛しあい 笑いあい 君の腕に飛び込んだ僕

あれはビデオ? あれはビデオ?

君の愛 君の笑い声 君の腕に飛び込んだ僕

あれはビデオ? あれはビデオ? あれはビデオ?

 

君とかわした最後の愛は

ギデオンの幻 ギデオンの幻

君とかわした最後のキスは

ギデオンの幻 僕の見た幻

 

君の愛 君の笑い声 君の腕に飛び込んだ僕

あれはビデオ? あれはビデオ?

君の愛 君の笑い声 君の腕に飛び込んだ僕

あれはビデオ? あれはビデオ?

君の愛 君の笑い声 君の腕に飛び込んだ僕

あれはギデオンの幻 君はギデオンの幻

君の愛 君の笑い声 君の腕に飛び込んだ僕

僕は夢を見ただけ 君の夢を見ただけ

 

…と、ここまで拡大解釈して思ったのですが、ちょっと『みんな夢の中』という古い曲と似た情感を歌ってるような気がします。すごくいい歌なので、ついでに歌詞のページにリンクを貼っておきます。

 

『みんな夢の中』http://j-lyric.net/artist/a002090/l005c93.html

 

自分が聞いたのはカバーで、たしか上々颱風(シャンシャンタイフーン)だったような気がするんですが……。違ったらごめんなさい。「身も心もあげてしまったけど なんで惜しかろ どうせ夢だもの」って文字で読むと演歌っぽいんですけど、聴いたバージョンでは「明るくひらけた諦観」みたいなものを感じました。その辺りの「気分」が、ラストのエリオが暖炉の火を見ている表情のかすかな変化に重なって見えます。

 

*      *      *

 

長々と失礼いたしました。おつきあいありがとうございました。

…"Visions of Gideon"はほんとに曲として好きになってしまいまして、じつはこれと"Sailing By"(イギリスのBBCラジオでやってる深夜の船舶用気象情報のテーマ曲)を、勝手に今書いてる新作のイメージソングにしています。で、書くときは二曲のMP3ファイルをエンドレスで流しっぱなしにしています。…それはまた別の話。(笑)

 

新調したポメラDM200❤ の、液晶が不調(^^;)

当初紹介記事に使おうと撮っていた写真。専用ののぞき見防止シートが売られていないので、喫茶店なんかでは以前ネットブックに使っていた板状のものを乗せています。真後ろに立たれたら見えてしまいますが、隣の席くらいだとこんな感じでまったく見えないので安心です。(^^)/
当初紹介記事に使おうと撮っていた写真。専用ののぞき見防止シートが売られていないので、喫茶店なんかでは以前ネットブックに使っていた板状のものを乗せています。真後ろに立たれたら見えてしまいますが、隣の席くらいだとこんな感じでまったく見えないので安心です。(^^)/

3月にDM200に新調したときに、嬉しくて紹介記事を書こうとしていたのですが、書けないまま3ヶ月ほどするうちに突然表示がおかしくなってしまいました。ただいまサバイバル中。今回はそのお話です。

 

ポメラはキーボードが折りたたみの頃からずっとお世話になっていて、ここ数年はスレート型になったDM100を使っていました。で、DM200というのが出て、アウトライン機能がついたということで気になってたんですが、当初5万円台だったので……これはありえないです。私には。(笑)それが3月にようやく35000円を切ったので、購入に踏み切りました。(そしたら最近次の機種が出てしまったんですけど、まあそれは別の話)

 

アウトライン機能はWordで使っていますが、長いものを考えながら構成するのにすごく便利。この機能をノートパソコンより軽く持ち歩けるのは感涙ものです。引き換えに出たマイナス点――本体が少し重くなったこと、高機能なのでそれなりに扱いに気を使うこと、乾電池ではなく充電式なこと――を除けば大変気に入っていて、毎日使っています。草稿やアイデアはもちろん、カレンダー機能でメモができるので、やるべきことがカオスになったり、ぼーっとしてしまったりしたときにいろいろ書き出して頭のなかを整理しています。

おかしくなった当初。白地が紫がかってました。今は少し持ち直して(?)グレー系で少し表示が薄い、という感じ。(上部に斜めに線があるのは天井の映り込みです)
おかしくなった当初。白地が紫がかってました。今は少し持ち直して(?)グレー系で少し表示が薄い、という感じ。(上部に斜めに線があるのは天井の映り込みです)

これ、昔はノートでやってましたが、キーボードだと早いし、エンジンがかかってそのまま草稿など書き出してしまっても、そのファイルが入っているのでスムーズに移行できます。自分にとっては道具というより脳の補助で、もはやこれなしで生活するのは考えられないくらいです。

 

それがつい数日前、アサメシ前に2時間ほど草稿を書いたあと、ゴハンのために1時間くらいおいてまた立ち上げたら……液晶画面が色の褪めたような感じになっていてびっくり。少し紫がかっていたんですが、今は少し持ち直して完全にグレー系です。

 

で、同じことを体験してる人がいないか検索してみたんですが、DM200の液晶トラブルは「緑色になった」という症状ばかり。うちのような例は今のところ見つかっていません。しかも1年保証の期間内なのに修理に2万円請求された、というお話ばかり。…ちょっと待って。やっと35000円弱で買ったのに、修理に2万円? 新機種が3万円台で売られてるのに??? おまけに修理に出すと2~3週間かかるというし……。(悩)

 

…じつは6月からイアンの新作の執筆に戻ってまして、それも悩みどころなのです。以前のDM100は問題なく動きますが、ようやくエンジンがかかってきたところなのに今月アウトラインつきポメが使えないのはつらい。けっこう生理的なものなので、下手すると動きだした流れが止まってしまうかも。

 

(ええと、『交霊航路』の改稿はいったんペンディングにしました。もともとイアンが行き詰まって「気分転換にちょっと」のつもりだったのですが、深く解体していじりすぎてしまい、まとめ直すのに時間がかかりそうなのです。そのあととなるとイアンがかなり先送りになってしまうので……万一楽しみにしてくださっていた方からいらっしゃったら、大変申し訳ありません!(^^;))

紫がかってた時の文字の様子。文字の内側に白抜きが入るようで、読みにくい状態でした。
紫がかってた時の文字の様子。文字の内側に白抜きが入るようで、読みにくい状態でした。

 

ネットで見つかったのは「保証期間なのに予想外の高額修理」に対する反発や戸惑いで、無償修理してもらったという例がほとんど見つかりません。まあ、ネットの発信は「問題があった時」にしたくなるもので、同じ目にあった同士で共有もされやすいので、そのバイアスもあると思いますが……無償修理の数少ない例はあきらかな初期不良やフリーズで、液晶ではなく中身(?)の問題に見えます。液晶に関しては扱い方でゆがみが出ているとか、水分が入った痕跡とかが見つかると有償になるとのことでした。でも見ていると、有償修理になった方の使い方は私と変わらないんです。ちゃんとケースにいれて持ち歩いておられるし、水分もあるとしてもウェットティッシュで拭いた程度とのこと。これまでのポメラなら故障などまったく出ないはずです。(DM100はけっこうぶつけたことがあるんですが、ありがたいことに問題なしです)もともとが持ち歩くことを想定したツールですし、ノートパソコン程度の剛健性はあるはず、と使う側は想定しています。それが上記の扱いで故障が出て、保証期間でも有償修理だと言われたら立腹するのは当然のような……。以前は修理で使えない間の代替機の貸し出しまでしていたと聞くキングジムさんなのですが、DM200に関するトラブルのコメントを見る限り、アフターサービスやサポートの評判はイマイチです。方針が変わったのでしょうか。

 

 

メーカーサイトから問い合わせをして、メールで返信はいただいたのですが(修理依頼として送ってくださいとのことでした)ネットでいろいろ読むうちに不安になったので、直接電話もしてみました。液晶が緑色になるのではなく、「ただ薄くなる」パターンの問い合わせがこれまでにあれば、おおまかに判断してもらえるんじゃないかと思ったんですが……やはり実物を見ないと有償修理になるかどうかはわからないとのことでした。代替機の貸し出しを申し出てくれるかな、という期待もうっすらあったんですが、そういうお話は出ませんでした。(電話口では聞きたいことが多く、こちらから聞くのを忘れました。聞ければよかったなあ……。あ、応対は丁寧でした。念のため。だから雰囲気的に聞きにくかったというのではなく、単純に忘れたのです)

 

はっきり有償になるというお話でもなかったので、ますます悩むところなんですが……修理依頼に送る送料はこちらの自腹なんですよね。(^^;)そしてもし修理の見積もりが高くて「やめよう」と思ったら、返してもらう送料もこちら持ちになるそうなんです。(修理をした場合は返送料金あちら持ちだそうです。ということは、修理代にその送料が含まれているんでしょうね)

 

白黒反転。くっきりです。映り込みが激しいので、のぞき見防止シートを反射防止に乗せています。文章は推敲中の『君の名前で僕を呼んで』感想文。こちらも断続的に手をいれてるのでずいぶん時間がかかっています。ばーっと書き出したところなのでアウトラインは使っていません。
白黒反転。くっきりです。映り込みが激しいので、のぞき見防止シートを反射防止に乗せています。文章は推敲中の『君の名前で僕を呼んで』感想文。こちらも断続的に手をいれてるのでずいぶん時間がかかっています。ばーっと書き出したところなのでアウトラインは使っていません。

あれこれ悩みましたが、今ちょうど使い倒したいところなので手放すデメリットは大きいし、とりあえず白黒反転にすれば読めるので、それでしばらく使ってみることにしました。1年を過ぎても有償修理自体は受け付けてもらえるとのことなので。このまま白黒反転でオッケーなら、3週間使えない不便や2万円くらいかかる(かもしれない)リスクを避けることが出来ます。ググっていたら、ポメラ以外の例ですが、液晶はなにかの拍子に電圧が弱くなると表示が薄くなることがあり、その場合は液晶そのものを交換しなくとも直せる、という記事も見かけたのですが、自作PCなどなさる方々の世界なので、自分にはちょっとわかりません。分解する勇気もないですし。(その方向の修理なら2万はかからないかなあ、とも悩むのですが、シロートにはなんとも言えませんですね)

 

…白黒反転は使ったことがなかった機能なんですが、ググってみるとこのほうが目が疲れないとのこと。なるほど! それはありがたい。ちょっと今はまだ違和感ありますが、慣れることが出来ればこのまま使えそうです。合わなくて数日でメーカー送りになる可能性もありますが、とにかく相対的にお値段が高すぎるリスクなので、少し粘ってみます。(^^;)

 

 

先ほど書いたとおり、製品そのものにはとっても満足しています! DM100はまだぜんぜん使えるのですが、キーボードの感触や打鍵音の大きさとか、変換の早さや精度は段違いにいいです。そしてもちろんアウトライン機能の有無があって、単純に後戻りはしにくいのです。添付の辞書は……DM100にあった国語、英和、和英に加えてDM200には類語辞典が追加されたので、それも購入時はかなり得点でした。でも簡略化されたものなので、正直別の電子辞書に入ってる類語辞典の代わりにはなりません。これは他の3種も同じ。ということで、創作にしろ仕事の翻訳にしろ、個人的には実用レベルではないです。(でもポメラより高かった電子辞書と比較してのことなので、これははっきりとフェアでないです。「字引」程度に考えれば、ないよりはずっとましですね。でも個人的には……もし内蔵辞書を省いて少しでも安くなるなら、そうしてほしいです!

 

現在の白地画面。紫っぽさは消えて前より少しくっきり。読みやすくなりました。前も充電はちゃんとしていたし、その後何もしてないので謎の回復です。
現在の白地画面。紫っぽさは消えて前より少しくっきり。読みやすくなりました。前も充電はちゃんとしていたし、その後何もしてないので謎の回復です。

 新しく出たというポメラDM30は類語辞典はなく、乾電池で使えてDM200より軽く、アウトライン機能はあるそうで、今最低価格が33000円くらい。なのでこれがもう少し下がったら買い換えてもいいんですが……。でも「おつむ」はDM100と同じだというので、変換の精度や速度は後退しそうです。それもまた悩むところ。なんにせよDM200が買ってから3ヶ月なので、まだ買い換える気にはなれませんです。

 

ところでこのDM200は乾電池ではなく充電式で、バッテリーがもたなくなってきたらやはりキングジムに送って交換してもらう仕様になっています。なので、ついでに料金を聞いてみました。バッテリー交換だけなら8000円前後とのことでした。どれくらいで交換の必要性が出てくるかわからないんですけど、これもお安くはないですねえ……送料もかかるのでしょうし。この機能を維持するには仕方ないんでしょうか。

 

あるいはメーカー側は新機種を出していけばバッテリー交換をする人は少ないだろう、と見ているのかも。(電話口で価格を聞いたらどこかへ確認に行かれましたから。単にその方が知らなかっただけかもしれませんが)

 

 

純粋にガジェットが好きで余裕がある方なら、もっと気楽に買い換えとか使い比べとかなさってると思うんですが、自分の場合万年節約モードで(笑)必要に迫られて買っているので、なかなか胃が痛いものがあります。でも本当に今や必需品で。ポメラとドトールがなかったら、これまでkindleにした作品はできてなかったです。とにかく目に優しい白黒反転モードに慣れることができるように、そしてこれ以上不調が出ませんように、と祈っているところであります。

コナン・ドイルせんせバースデーと温故知新の日

あんまし似てないですが、ドイルせんせ、おめでとうございます♪ 晩年心霊主義者であったドイルせんせ。ご主張によれば「亡くなった」わけではないそうです。もしどこかで何かの形で「いらっしゃる」なら、今の衰えぬホームズ人気をどうご覧になっているでしょうねぇ……。
あんまし似てないですが、ドイルせんせ、おめでとうございます♪ 晩年心霊主義者であったドイルせんせ。ご主張によれば「亡くなった」わけではないそうです。もしどこかで何かの形で「いらっしゃる」なら、今の衰えぬホームズ人気をどうご覧になっているでしょうねぇ……。

今日5/22は、シャーロック・ホームズの作者アーサー・コナン・ドイルのお誕生日。ホームズのみならずご本人にも転んでしまったファンとしてはお祝いの日、そして二次を書かせていただいたりしてる身には、言葉で言い尽くせない感謝の日です。

 

…よく「翻訳は最高の熟読」と言います。好きな作品にどっぷりとまみれるために、一節を自分なりに訳してみることは私も好きで時々やります。すごく楽しくて、時間を忘れられます。(好きで個人的にするのですから、時間に迫られることもありませんし(笑))…並べたら怒られるかもしれませんが、ある意味二次創作も似たところがあると思います。角度は違うのですが、自分なりに「奏でる」楽しみ、という点は同じです。(著作権の概念が比較的近代のものであることや、シェイクスピア作品が元ネタを膨らませたものであることなどを思うと、けっこう「創作」そのものの根幹につながる行為なのかもしれません)

 

ファンフィクションという意味では、ドイル作品は著作権がすでに切れているのでいっそうおおらかに楽しめる、という側面もありますね。でも商業的な二次作品も古くから百花繚乱なので、そういうものを特に触発しやすい作品なんだと思います。人気作品がすべてそういう後継作品を生む方向にいく訳ではないので……。

 

こっちにいくと長くなりそうなので、お誕生日に話を戻します。(笑)

「ホームズの誕生日」……というのは原作には出てこないのですが、研究者さんが推測して広まった「誕生日」である1/6と比べると、盛り上がりが小さいですね。5/22……。ですがキャラクターが独り歩きして作者を超えるのは、ある意味たいへんな成功の証。ご本人はホームズものの需要に応えるために時間をとられて、本来書きたかったものを書けなかった……みたいなこともおっしゃっておられますが、やはりすばらしいことだと思います。

 

というわけで(?)、今日はいつも仕事しに行ってる喫茶店でケーキを奮発してお祝い。創元文庫版ドイル傑作集2の『北極星号の船長』をちょりっと再読しました。これに収録されている『いかにしてそれは起こったか』『深き淵より(デ・プロフンディス)』は特に好きなので時々読み返すのですが、今日お店で読んだのは『火遊び』。久しぶりでまったく内容を覚えていなかったのが幸いして(?)、新鮮に読みました。降霊会で起きた出来事をストレートに描いた一編で、荒唐無稽といえばそうなんですが、不思議な説得力があるんですよね……。

 

なんといったらいいんだろう、この妙な説得力というか引力と言うか……と思いつつぱらぱらめくっていたら、巻末に翻訳家の西崎憲さん(自分の好きな二作はいずれもこの方の翻訳です)が寄せている『ドイルと怪奇小説』というコラムのなかに、「まさに」という表現があったのでご紹介させていただきます。

祝いの膳と『北極星号の船長』。短い時間でしたが至福でした❤
祝いの膳と『北極星号の船長』。短い時間でしたが至福でした❤

 

 

ドイルの創りあげたアトモスフィアには「熱気」がある。その熱気は主題が何であれ、ドイルの怪奇小説に独自の色合いを賦与している。その熱気について語るのは難しい。しかし、高空の怪物を主題にした時も、氷原を走る白い影を描写する時も、ドイルが怪異を描く際には読者の心中を騒がしくさせるような何かがつねに存在する。いかに題材が荒唐無稽なものであれ。(p.345)

 

まさにそれです。「熱気」。自分は特に怪奇ものが好きというわけではないので、この要素が大きいんだと思います。そういうものが込められるって、創作としてある方向での理想だと感じます。(その「熱気」に似たものを感じて好きになるパターンは、怪奇系に限らない気がします)

 

*      *      *

 

…私事になりますが、じつはドイルせんせには、おそれおーくも現在改稿している小説にキャラクターとしてお出ましいただいているので……できればお誕生日に間に合わせたいと、ここのところ焦って空回りしていました。結局間に合いませんが、久しぶりに好きなドイル作品を読み、この「熱気」に当たって、温故知新というか、初心に帰るというか、背筋が伸びるというか……そんな気持ちになりました。一喝いただいたような。自分にできる限りがんばろう……。

 

(他に『いかにしてそれは起こったか』を漫画にしてみたいという夢もあって、脚色したシナリオとネームまでの状態で10年くらい放置しています。(^^;) 今から手をつけるとまた変えたくなるんだろうな……。ドイルせんせ絡みに限っても、やりたいことがいろいろあります。ひとつずつ形にしていきたい……こういうことがやりたくて生きてるんだから!)

 

*      *      *

 

さて、お話は変わりますが、今週末は5/26-27がピーター・カッシングクリストファー・リーの連続バースデー。お祝いが続きます。毎年この時期はこうですね。(笑) こちらはカッシングブログのほうにお祝いを書こうと思っています。最近タナバタ並みの更新になっていますが、よかったら覗いてやってください。

 

ピーター・カッシング~怪奇と耽美と美老人~

 

カッシング丈つながりの宣伝ですが、今日、BOOK☆WALKERに『脳人形の館』の無料お試し版を追加しました。もう少ししたら商品ページが公開になると思います。ちょっぴり切ないホラーテイストな美老人+耽美、そしてカッシング&リーへのオマージュ小説です。そんな感じのご趣味の方、いらっしゃいましたらぜひお試しください。あて書きですが基本的には予備知識不要の作品として書いております。俳優さんになじみのない方にもご覧いただけたら嬉しいです。

 

脳人形の館【BOOK☆WALKER】

 

SUSSANRAP検索ページ【BOOK☆WALKER】(無料お試し版はまだアドレスがわからないのですが、公開後にこちらの検索欄に出ます)

 

 

癒される/『モーリス』4K版鑑賞してきました。

アレック・スカダー
今回のチラシをゲットし損ねたので、代わりに過去絵を掘り出して少し手を加えてみました。(今ならこうは描かないかもしれないな、とは思いますが……(笑))アレック・スカダーを演じたというだけでもう、ルパート・グレイヴスは永遠です。(断言)

今回の上映について

4K版『モーリス』劇場公開、うちから唯一行けそうな恵比寿の最終週になってしまいましたが、滑り込みで鑑賞して参りました! ほんとに行って良かった……大げさに聞こえるかもしれませんが、生き返りました。ほんとに。こんな映画を作ってくれてありがとう……!そう改めて思いました!

 

やはり好きなのでDVDではしばしば見返していますが、今回は4Kだからというより「劇場で見る」というのがやはり特別でした。……真っ暗な空間で集中して大きなスクリーンで見ることが。そして暗い中でちょっと恥ずかしく思いながら涙を拭いたときに、隣の知らない人も目にハンカチを当てる仕草をしているのがそれとなく目の端でわかったことが――今回の鑑賞をとても素晴らしいものにしてくれました。

 

この作品、見返すたびに違うところに目がいったりもする作品です。今回すごく感じたのは(ちょっとこういうことを書くのは恥ずかしいのですが)、美と品のよさは人を癒やすのだなあ……ということでした。美しく品があり、かつこういうテーマで良質の作品にどっぷりと浸る時間の、なんと贅沢なことか。

 

(品という言葉は使うのが難しいのですが、キャラクターが上流階級かどうかとか、肉体的な露出度とは関係なく、という意味で。上流階級を描いても「安い」作品はたくさんありますよね)

 

それだけ落ち着かない日常を過ごしているのだなーと自覚したわけですが(^^;)、そういう生活のなかでこそ、こういう時間は絶対に必要なものだとつくづく感じました。心のゴハンなのですよね。

  

以下は作品そのものについて、以前薄い本にルパート・グレイヴスがらみで書いた紹介レビュー(定番作品なので紹介というよりおさらい、という感じで書きました)に、今回感じたことを交えて掲載します。ちょっと文章のノリが変わりますがお許しくださいませ。また、おさらいと言う性質上、ラストについても方向性にぼんやりと言及しているので、未見の方はどうぞご判断くださいませ。

 

 『モーリス』(1987)――作品について

左は輸入盤。特典インタビューなど充実した二枚組でした。ジャケットも「その瞬間」て感じがしていいですね。右は日本のHDニューマスター版。特典が予告編だけなのが残念でした。てっきり輸入盤についてた特典に字幕をつけてくれると思っていたので………今からでもぜひ!
左は輸入盤。特典インタビューなど充実した二枚組でした。ジャケットも「その瞬間」て感じがしていいですね。右は日本のHDニューマスター版。特典が予告編だけなのが残念でした。てっきり輸入盤についてた特典に字幕をつけてくれると思っていたので………今からでもぜひ!

イギリスの上流階級(と、その使用人階級)の同性愛者を描いた、80-90年代当時の耽美好き女子――腐女子という言葉はまだありませんでした――にとってエポックメーキングだった伝説的作品。『アナザー・カントリー』とともに英国貴公子ブームを作りました。輸入盤にあった特典映像のインタビューでは、俳優さんたちが公開当時日本のファンからたくさん手紙をもらったと話しています。世界でも特に熱狂的に反応したのが日本の女の子たちだったのでしょうね。

 

物語の時代背景は二十世紀初頭。ケンブリッジ大学(実際にケンブリッジで撮影されたそうです)で同性愛に目覚めたモーリスという青年が、彼を同性愛に引き込んだ青年クライブとの確執や、社会的葛藤に揉まれた末、猟場番の美青年と出会います。

 

主人公のモーリス・ホールを演じたのはジェームズ・ウィルビー。(特典映像での薄毛っぷりに、時間の経過をしみじみと感じました……)当初ジュリアン・サンズの予定だったのが変わったのだそうです。変わってよかったのでは。原作では体に頭が少し遅れてついていく感じの好青年なので、ウィルビーさんのルックスのほう似合っていると思います。

 

クライブ・ダラムはヒュー・グラント。(今となると「こんなに可愛い時代が」…という感じも(笑)。今回のポスターではおヒューさんを大々的にフィーチャー。海外盤の新しいジャケットがこれみたいです)猟場番アレック・スカダーがルパート・グレイヴス。(可愛いどころの話じゃ……!(震)

 

監督は、自身ゲイのジェームズ・アイヴォリー。プロデューサーのイスマイル・マーチャントとは公私ともにパートナーであったそうで、この映画も二人で設立したプロダクションの作品です。マーチャントは2005年に亡くなりました。

 

原作はE.M.フォースター。この方も自身がゲイだったイギリスの作家で、書かれた当時のイギリスでは同性愛は犯罪だったため、この『モーリス』は死後に初めて公けになりました。ほかにもゲイをテーマにした小説は密かに書いていて、(好きなのであちこちでご紹介しているのですが)『ゲイ短編小説集 (平凡社ライブラリー)収録の『永遠の生命』は大変オススメです。こちらも死後に公表された作品です。(私事で恐縮ですが、この作品と『ロイヤル・ハント・オブ・ザ・サン』に触発されて書いたのが拙作『王殺し』でした)

 

初回の鑑賞では原作からの脚色、次は原作者の立場と、見るたびに注目する点が変わってきました。最初は直球の同性愛描写自体が衝撃的でしたし、俳優さんの美しさに幻惑されて()、それである程度おなかいっぱいでもありました。アレックも、以前は主人公にとってのタナボタの天使としか映りませんでした。でもその後だんだんと……そして今回も、グレイヴスが俳優としても上手かったんだなあ、としみじみ思いました。現実的なところと子供っぽさがキメラのように入り混じったアレックの気質が、見事に表現されていました。

 

アレックにとっては、おそらく同性愛が違法であることより、階級社会のほうが大きな問題なのでしょう。イギリス社会で使用人という弱い立場にある彼が、非常に「生意気に」振る舞っていたことを、だんだん深く理解できるようになりました。アレックがモーリスと対等であろうとするところは、作品のなかでも好きな部分です。彼は身分の違いを当たり前のことだとは思っていないし、身分が上のモーリスに対してもアグレッシブです。当時のイギリスの「使う側」から見たら、使用人は動く置物と同じで人間ではないも同然です。映画の中でもそれがいろんな形で描かれます。その「使用人」の一人である猟場番のアレックが、「お客様」で「紳士」であるモーリスに「誕生日おめでとう」というのは、不遜以外のなにものでもありません。置物が人間並みに振る舞ったのです。モーリスの戸惑う様子がそれをとてもよく表現しています。

 

アレックが「人間として」モーリスに示した好意は、最初はことごとく歪曲されて伝わってしまいます。彼にとっては「金を受け取らないこと」がその一線なのでしょうね……それがチップを受け取らないという形だとしても。この感覚はよくわかります。好意でしたことに金銭で報いられたら、人は侮辱と感じるものです。

 

ちょっと角度は違うのですが、『アパートの鍵貸します』のヒロインを思い出しました。愛人の既婚者から、クリスマスプレゼントの代わりに100ドル札を渡されたフラン・キューブリック嬢の絶望感――アレックの立場・心情の変奏です。

 

アレックは使用人で、「奉公先の当主の友人」であるモーリスとの同性愛関係を望み、それを叶えます。フランはエレベーターガールで、重役の既婚者に恋をし、彼の愛人になります。二人とも相手と比べて社会的立場が弱く、その恋愛のあり方は前者は同性愛、後者は不倫で、社会規範に照らして恥ずべきものとされています。

 

二人は相手を真剣に愛するけれど、かたや使用人として、かたや正妻でない愛人として、相手から無意識の(アレックの場合は、一部は意識的な)差別/侮辱を受けます。フランは自殺をはかり、アレックは脅迫を演じます。違う形で表出するけれど、これは同じ、悲しい怒りの表現です。

 

アレックの行動は、普通に考えたら最初から脅迫目当てでしょう。以前見た時は、そうならないところに「いい夢見すぎ」と感じたのですが……時間がたつと見方も変わるものですね。(笑)でもこれは、原作者のフォースターがこのように書いています。

 

ハッピーエンドにするのは必至であった。そうするのでなければわざわざ書きはしなかったろう。

虚構の世界(フィクション)の中ではあれ、二人の男が愛し合うようにし、

二人の愛をそのフィクションが許すかぎり永遠に存続させようと私は決めていた。

(E.M.フォースター『モーリス』作者あとがき 片山しのぶ訳

 文庫版[扶桑社エンターテイメント] p.366-367)

 

そしてそれゆえに(つまり同性愛者が悲劇的な結末を迎えて罰せられる形にならないために)、出版することが難しくなってしまった、と書かれています。その結果が死後の出版なのですね。

 

話を映画に戻しますが――アレックはいっぱい傷ついてもきたんだろうな、と思います。あれだけ可愛い子ですから、金持ちのスケベジジイに目をつけられたこともあったんじゃないかと。(ちょっとだけ出てくるアレックの父親は、息子のそういう問題点を知っているように見えます。台詞なしに、モーリスを見る顔だけでその懸念を表現した俳優さんの力量に感服!)

 

犯罪である同性愛関係を盾にして「紳士」を脅迫し、金をせびりとれることを、アレックは(過去に実行したかどうかはともかく)知っています。そうして自分の弱い立場を、自分に対してごまかしていたんだろうな、という感じがしました。

 

彼は感傷的な人物ではないので、心の傷が全て反抗心に昇華するように見えます。だから、冷静になったモーリスがアレックを警戒して階級差を盾に身を守ろうとすると、傷ついたアレックは不本意にも恐喝という武器を持ち出すしかないのです。 

原作文庫版。作中ではありえないスリーショットなので、純粋に宣伝用写真ですね。見る立場から言わせてもらえばお得な一枚でもあります。(笑)
原作文庫版。作中ではありえないスリーショットなので、純粋に宣伝用写真ですね。見る立場から言わせてもらえばお得な一枚でもあります。(笑)

お互いに脅しながらちぐはぐな感情を見せるロンドンでの二人のシークエンスが、今回すごく印象に残りました。博物館で昔の先生に会ったモーリスは、自分を「スカダー」だと言いますよね。あの意味はどういうことなんだろう、そもそも原作にあったっけ……?と思いまして、そこのところを読み直してみました。そしたらあるんですね。原作は一度読んだきりなので、「すごく原作に忠実に撮られているんだ」、というのも改めて認識しました。

 

…「いや、私の名前はスカダーでして」思いついた名前が勝手に飛び出した。

あたかも使われるのを待ちかまえていたかのように。

モーリスはその理由を理解した。(前掲書 p.329)

 

(余談ですが、時節柄(?)今回は「あ、まさに「君の名前で僕を」呼んでるなあ」なんて思いました。本当は今週あちらを見に行くつもりだったのですが、最終週だったのでモーリスを見に行きました。これから見に行くつもりです♪)

 

人は誰かから拒否されれば傷つく。

傷ついた人間は周りの人間も傷つけようとする。

 逆のサイクルを回すのは常に捨て身の行為であり、相手が応じるとは限らない。だからそれが互いに受け入れられることは奇跡であり、モーリスはアレックと出会えたのは奇跡だと言います。でもそれは、出会ったことが奇跡というより、彼らが行動によってそれを奇跡にするのでしょう。

 

映画の前半にモーリスがやっていたことを、後半でアレックがなぞっているのも、面白いと思います。彼らは初めて恋人の元を訪れる際は「窓」から侵入し、より「現実的」になっていく相手を振り向かせようとします。象徴的なものを読み取ることもできそうです。

 

それとヒュー・グラント演じるクライブ。彼の苦悩の過程に、年をとるにつれてすごく感情移入できるようになってきました。じつはクライブは、モーリスと肉体的に結ばれることなど、はなから望んでいませんよね。べつに不誠実なのではなく、初めから理想がそういう「プラトニックな」愛。…クライブが言う「プラトニック」は文字通り「プラトン的な」で、学生時代の彼はプラトン哲学とギリシャに心酔しています。「理想のプラトン的愛」を、モーリスに押し付けたわけです。そのクライブが、ギリシャへの一人旅で過去の自分と決別するのは、とても象徴的です。

 

クライブは弁護士になったとき、同性愛容疑で逮捕された同窓生、リズリー子爵の弁護を拒否します。現実的な判断ですが、それに加えて自分自身が同じ立場になりかねない恐怖と、自分の偽善的な面に対する嫌悪もあったでしょう。彼はその板ばさみでブレイクダウンしてしまいます。精神的な動揺が体に影響を及ぼす、つまり頭が体を支配する人。クライブはそういう人間だからこそ、生き方を修正できます。でも実は、元々「プラトニックな愛」が理想なので、大きく変節はしていないのかもしれません。ただ世間と折り合いをつけただけです。

 

ところで、自分の夫の着替え姿から、汚いものでも見たように目をそらすのは、当時の上流階級では当たり前だったのかしら……? そうとも思えないのですが。そのへんから、「クライブとアンにじつは性生活はないのでは?」というのは以前から漠然と思っていました。今回「アンとはギリシャで知り合った」という部分を初めて意識しまして……もしかしたら、アンはクライブと同様に「プラトニックラブ」を解する女性で、そのへんをお互いに理解して結婚したのかしら、なんてことも思いました。ちょっとうがち過ぎかもしれませんが。

 

でも、「もしそうだとしたら」、あの頭でっかちのクライブ――プラトニックラブを信奉していて、かつ世間と折り合いをつけたいクライブは、まさに「理想の女性」と結婚できたことになるかもしれない。しかもそこにちゃんと愛情はあって、妻はちゃんと夫を「愛している」のですから。…でもそうだとしたら、クライブはそれをモーリスに言うはずですよね。だからこの説はまあないかな、とは思いますが、でも別の次元で「そういう夫婦があってもいいじゃないか」、と思う自分もいたりします。(余談ですが、あの女優さんは有名なモキュメンタリー『第三の選択』にも出ていましたね(笑))

 

このブログでも何度か言及していますが、イギリスで成人同士の同性愛行為が違法でなくなったのは、意外にもわりと最近のことで1967年です。法律ではそうなりましたが、以後も差別は続いていて……これはマーク・ゲイティスさんのツイッターから知ったのですが、つい数年前の2011年にも、イギリスのある地方のパブの店員が、ゲイであるという理由でリンチに遭い焼き殺されるという、信じられないような痛ましい事件が起こっています。これもキリスト教圏でのゲイの現実なんですね。大変ショックでした。

 

頭で愛を定義しているクライブは、頭で生き方を修正します。モーリスにはそれができません。無意識に自分がした行動の意味を、頭で理解するのはずっとあと。対照的な二人です。その食い違いが、やがて二人の間に大きく溝を作ります。

ラストのカットバックは、何度見ても涙腺にくる切なさがあります。

 

 人は自分がした行為に対するリアクションに直面する。それに対して、また自分のリアクションを返す――その連続で道ができていくんですね。とても深い映画、そしてやっぱりお宝な映画でした。

 

もう一度言います。こんな映画作ってくれてありがとう……! 

 


今回は劇場も昔何度か行ったところで懐かしく、立地の恵比寿ガーデンプレイスが落ち着いた環境であったこと(加えて平日の午後だったので人が少なくて雰囲気がよかったこと)、映画のあとにベンチで鳩にお菓子をあげてのんびりしたこと(こんなことめちゃくちゃ久しぶり!)――なども含めて、「体験」としても特別な午後になりました。恵比寿の公開は終わりましたが、これから全国順次公開していくそうです。上映スケジュールなどはこちらをどうぞ。 

 

モーリス 4K 日本語公式サイト

コミティアといろいろの御礼+KDP無料公開オプションに期待

昨日5/5は、同人誌イベントコミティアに参加させていただきました。スペースにお立ち寄りくださった方々、ありがとうございました! コミティアはプロの参加者さんの率も高くて、正直うちのような実績の乏しいサークル(大昔に参加しましたが大した実績はなく、サークル名も変わり、復帰後まだ数回目の新参者です)には、スペースの前で足を止めていただくこと自体が難しいイベントです。毎回ドキドキします。でもその分、ひとつひとつのご縁のありがたみを感じることができて、「もっとがんばろう、あれもやりたい、これもやりたい」と活が入るイベントでもあります。昨日はkindleで作品を読んでくださった方にお会いでき、ご感想も伺うことができました。楽しんでいただけたと伺って、とても嬉しかったです!!

 

 

持参品はこんな感じ(→pixiv「5/5コミティアカットとおしながき」)で、新刊は予定とは変わり、先日電子版で配信を開始した『流星:SF・微JUNE掌編集』のコピー誌版でした。お連れ帰り下さった方々、ありがとうございました。m(_ _)m 淡いお話を集めたブックレットですが、わりと余韻勝負な(?)短編ばかりなので、ゆったりと味わっていただけたらと祈っております。

 

kindle版

BOOK☆WALKER版

 

残念だったのは、(自分のせいなのですが)当初予定していたほうの新刊が出せなかったこと。電子用に改稿した『交霊航路(仮)』を紙で持ち込むつもりで、サークルカットにも書き込んでいたのですが……。改稿に思ったより時間がかかっていまして、結局間に合いませんでした。鋭意作業を続けておりますので、完成の暁にはよろしくお願いいたします。(思い残しのないように、とやっているので、サイト公開版とはかなり違うものになるかもしれません)

 

*      *      *

 

…体調的には、じつはちょっとつらい参加でした。心配したほどには暑くならず助かりましたが、前日にほとんど寝られなかったため(作業が押したとかではなく不眠症で(^^;))、もう眠くて眠くて……数秒寝落ちしては起きるような時間がかなりありました。積極的にお声がけして無料本を配布するべきなのですが、ようやくはっきり目が覚めたのがもう三時頃というていたらく。ほとんどお声がけはできませんでした。…帰りの宅配便の列もまた長くて、めちゃくちゃ日当たりのいい(笑)場所だったので、軽く熱中症になって帰ってまいりました。(今日はその余韻と筋肉痛にやられてます☆)

 

でも、昨日は神様みたいに思っている内田美奈子先生が参加していらっしゃいまして、わりと配置がお近くだったので、ささっと走ってイラスト集や赤々丸のバッジなど買わせていただき、めね田さんのバッジもゲット❤(う、うれしい~❤)その後は一人参加なので聞きたかったトークショーを諦め、前述のように体調がイマイチだったこともあって座りっぱなしでしたが、心は満たされた一日でした。あんな素晴らしい作品をお描きになる先生が、ああして淡々と参加していらっしゃるなんて、信じられない気持ちです。そんな状況を目にすると、自分なんぞまだまだ、まだまだすぎる……と、自然に焦りが消え初心に帰りました。コミティアのありがたいところの一つかもしれません。

 

*      *      *

 

…イベントとはまったく関係ないですが、すごく残念だったことがあったので書きます。ビッグサイトの目の前のTFTビルにあったパスタ屋さんのチャオがなくなっていた! これは本気でショックでした!(泣) 昔横浜に支店がありまして、大好きだったんです……初めてエビのトマトクリームを食べたのもここでしたし(世の中にこんなうまいパスタがあるのか!と驚きました。80-90年代当時、自分はまだ他では見たことなかったです)、ペシェビーノというワインの魚型の空き瓶が大量に持ち帰り自由になっていて、貰った思い出もありました。横浜店はだいぶ昔になくなってしまい、数年前に偶然TFTビルで見つけて狂喜しまして、それからはイベントで行くたびに「帰りはチャオのパスタ❤」というのが定番になっていました。オリジナルの「アルラ・チャオ」がまたおいしいんですよね……しそが入っているのが独特で。ああ、思いだしたら食べたくなってきた。ほんとに残念です。またどこかで再会できますように。


さて、話がずれましたが、そんなわけでここしばらくはイベントに向けた準備、kindleでの読み放題サービス対応終了と、それに伴う最後の無料キャンペーンのPRなどが重なり、かなり慌ただしくなっておりました。ダウンロードしてくださった方々、ありがとうございました。そして直接・間接にサポートをくださる皆様にも御礼申し上げたく思います。本当にありがとうございます。

 

kindle Unlimited対応は『宇宙探偵ホォムズ1: 宇宙イカとワトスン』と『王殺し』を残すのみとなりました。(英語版漫画は今後もkindle Unlimitedでお読みいただけます)こちらも今月終了です。

 

 

 

終了スケジュールはこちらでお知らせしています。

 

*重要なお知らせ*読み放題(Kindle Unlimited)、Kindleオーナーライブラリーをご利用のみなさまへ

 

 プライムでご利用の方は終了前にぜひどうぞ。また、通常販売はこれまで通りですので、引き続きよろしくお願いいたします。

 

さて、話は変わりますが、じつは昨日会場で『アマゾンの方からきました』というKDPの宣伝冊子をもらいまして、漫画の無料公開ができる機能を開発中、と宣伝されていたのがすごく気になっています。(漫画で描かれた冊子で、日本でkindleが始まった当初に個人出版をして話題になった商業漫画家の鈴木みそさんが描いておられます。自分も漫画のkindle化で技術的に悩んでいた頃、ブログを参照させていただいたことがあります。お世話になりました。(^^))

 

BOOK☆WALKERのほうではすでに無料本OKなので、分冊版の上巻のみ無料にして、トータルの価格を中巻と下巻に配分をすることをじつは考えております。でもそうなるとkindle版とBW版で各巻の価格が違ってくるわけで、ちょっと煩雑だなあ……と思っていたところでした。まさに渡りに船♪ でもその宣伝冊子のターゲットはあからさまに同人漫画なので、対象は漫画だけなのかしらん?と、ちょっと不安にもなっています。テキストの本でも使えるオプションだといいんですが……。見たところまだ公式ページでのアナウンスがないようなので、先日知った「プリント本」の動向と共に、期待して待ちたいと思います。

 

新刊DL御礼と準備中の本、無料配信予定など

『流星』ダウンロードありがとうございます。

先月から配信が始まりました新刊掌編集『流星:SF・微JUNE掌編集」、無料お試し版を含めて、ダウンロードしてくださった皆様、ありがとうございます。m(_ _)m (これからの方、よろしくお願いします❤(笑))

 

BOOK☆WALKERでは有料版も少しダウンロードをいただき始めました。正直驚いています。kindleで最初に出した本(英語版の宇宙探偵ホォムズ。kindleの日本ストアができる前で、無謀にも待ちきれずトライしましたが大変でした☆(^^;))は、無料配信以外で有料の売上が立つまできっかり一年かかりましたから、本を置いた実績がまったくないストアでこういう地味な本では、同じくらいかそれ以上は動かないだろうと覚悟をしておりました。キャッチーなキーワードが当てはまる本とは言えないので、同人誌・個人出版が別枠ストアなことが良いほうに出ているのかもしれませんし、何よりお試し版の無料配信ができることが大きいんだと思います。

 

無料版には表題作を一本まるごと含めたので、有料版を買ってくださった方はこれを読んだ上で気に入ってくださった……のだと信じることにしました。(笑)とても嬉しいです。ほかの収録作もお気に召していただけますように。本当にありがとうございます。

そんなわけで、今回の新刊は最初から2つのプラットフォームの同時配信でスタートしたので、kindle版では無料キャンペーンをしたり、Kindle Unlimitedで読んでいただいたり……という定番露出ルートが使えません。(kindle独占配信が条件なのです)前にも書いたかもしれませんが、kindleの個人出版では恒常的に無料の本は置くことができません。その代わりがこれらのオプションなので、これまですべての本でこの設定を使っていました。今回これまで以上に地味な本でこのルートが使えないというのは、うーん……(^^;) もともと万人向けの正反対を行く本ですが、宣伝力がないのに輪をかけて厳しい条件を課してしまった、と気づきました。(でもやってみたかったんですよね、配信同時スタートって)

 

それでイロイロ考えまして、微力ではありますが対策のひとつとして、BOOK☆WALKERで配信している【無料お試し版】のkindle版(mobi形式ファイル)を無料ダウンロードコーナーに置いてみました。これまで無料コーナーはPC用母艦サイトのページにリンクしていたのですが、直接Dropboxからダウンロードしていただけるようにしてみましたので、PCサイトが使いにくかった方にもご利用いただけたらと思います。その他の無料本もお土産として置いていますので、よかったらぜひお試しくださいませ。

毎度それなりにPRに苦労する(笑)本を作っていますが、地味でニッチな本(商業だったら企画自体が通らなそうな本)を作れること自体、ある意味個人出版の長所でもあり、醍醐味でもあります。ありがたいことだと思います。細く長く地道に配信して参りますので(というか別の選択肢などありません!(笑))、末永くよろしくお願いいたします。

 

 

交霊航路準備中

さて、その掌編集が先になりましたが、本来電子化しようと思っていたSF系長編『交霊航路』(仮)、現在電子化作業真っ最中です。それに伴いサイトでの公開を終了させていただきました。これまで閲覧してくださった皆様、ありがとうございました。この本ではkindleでの無料オプションも使いたいので、最初の3ヶ月だけkindle独占配信にしようかな、とも思っています。完成しましたらぜひご覧くださいませ。

 

 

無料配信予定

さて、kindle以外での配信をするために、kindle独占配信設定(=kindle Unlimitedとkindleオーナーライブラリー対応)を順次終了しておりますが、その中で下記の3冊は最後の3日間に無料配信をすることにしました。終了日の都合で順不同ですが、いずれもイアンシリーズです。未読の方はよかったらお試しください。(シリーズですが読み切りなので、どの本からでもお読みいただけます)

その他を含めたkindle独占配信終了スケジュールはこちらでお知らせしています。設定がはずれたものから順次BOOK☆WALKERで配信を開始するつもりなのですが、思ったよりkindle用のファイルからの調整が必要なことと、交霊航路の作業で今のところ手一杯なので、少し時間がかかるかもしれません。でもゆくゆくはBW(できればkoboも)の配信本を増やしてみたいと思っています。(それならここのサイト名を変えなくちゃ、と思いつつなかなか手が回りません…)

 

今月は上記の既刊の状況変化に伴うアレコレと、うまくいけば新刊配信開始、GWにはコミティアに参加するのでその準備も、というわけで忙しくなりそうです。こういうことで忙しいのは大歓迎ですが、もともと『交霊航路』の電子化は、イアンの新作が煮詰まったため「一度離れて別の作業をしてみよう」と考え付いたことですし、BWの配信も(興味があったとはいえ)急にきっかけができて実行したことなので、そろそろ「作業」でなく「執筆」のほうに時間を使いたいなーとも思う今日この頃です……。(わがままなものです(笑))

 

その執筆に関連してですが、ポメラを新調しました! その感想も書きたかったのですが、長くなりそうなので今日はこのへんで。

 

新刊『流星』について+既刊無料配信のお知らせ

お知らせしておりました新刊、AmazonとBOOK☆WALKERで配信を開始いたしました。しんみりしたシリアス3本、BL風お気楽コメディ1本の掌編小説集です。短いので「ブックレット」としましたが、静かなところでゆっくり読んでいただけたら……という感じの一冊です。どうぞよろしくお願いいたします。(価格表示が税込と税別なので違って見えますが、両方税込100円です)

 

【kindle版】流星: SF・微JUNE掌編集

 

【BOOK☆WALKER】流星: SF・微JUNE掌編集

(無料お試し版)流星【BOOK☆WALKER】

 

BOOK☆WALKERは無料本が置けるので、初めての試みで無料お試し版を作ってみました。表題作まるごと一本と、あとがき(微JUNEについてのアレコレ語り)の抜粋、既刊リンクなどが入っています。そのままブラウザでも読めるので、ぜひご覧ください。

 

表紙は正直地味ですね。(笑)今回の内容は、コメディを除いて自分の漫画絵ではどうかなあと思ったので、表紙・挿絵含めて初めて写真(著作権フリーものと自分で撮ったもの)を加工した画像を使ってみました。各々お話のあとに画像が入っているので、イメージを重ねて余韻を味わっていただけたらと思います。この手の小説で表紙に「人間の顔」を入れないという選択は、本として目に留まりにくくなりそうでジレンマもあるんですが(過去の同人誌の改稿電子版なのですが、紙版も表紙は加工した写真でやはり地味でした(笑))、イメージはこうなので、とりあえず思い付きのままいってみました。

 

「微JUNE」に込めたもの

あとがきで詳しく書いていますが、今回のテーマ「微JUNE」は、自分があくまで個人的にとらえている「JUNE」、現在の特化したBLにはほとんど見あたらなくなったJUNEの要素のなかで、そのまた淡い「かすかな感覚」を思い浮かべてそう書きました。(コメディを除いて)作品自体にBL色はほぼありません。メインモチーフとして「同性に引かれる男性」、もしくは「男性同士の間に生まれた恋愛ではない微妙な感情の動き」があるものの、テーマはエロティシズムではなく、「微妙でかすかな感情」を深読みすること。それこそが自分にとってのJUNE(の重要な要素のひとつ)だからです。遠慮したとか恥ずかしいからとかじゃなくて、「その匙加減がツボだから」。丸出しになると台無しになるもの、「ヌードより着物の襟足のほうが色っぽい」みたいな話と似ているでしょうか。

 

それでも、今回作品に反映させた「JUNE」は自分の解釈の中でもすごく淡いタイプのJUNE感覚で、ふつうに「短編」と称したほうが適しているかもしれません。例えて言えば、平凡社ライブラリーの『ゲイ短編小説集』収録作が「ゲイ小説」である、という程度にJUNE、という感じです。(とても好きな短編集なのですが、「えっ、これのどこがゲイ小説?」というものがいろいろ入っています。その意味で自分にとってあの「ゲイ小説」はまさに「JUNE小説」です)

 

こういう、ある種の「色気」(一般的な意味で「エロい」ものに限らない)は、もともと、「普通の作品」の中に「深読み」して味わっていたものでした。なので、現在の特化した商業BLに見当たらないのは当たり前かもしれません。たぶん、「こういうものが好きでしょ」とあからさまに提示された時点で消えてしまう、そういう性質のものなんだと思います。「深読み」という感覚、かなり重要なのです。

 

そんなわけで、今回改めて「JUNEの定義は一般にどうなっているのか」を考えてみたのですが……wikipediaで見つけた言葉がうまく状況を言い当てていると思いました。

 

「読者の美意識に適うものはなんでもJUNEとされたようで(……)」
(wikipedia「JUNE(雑誌)」より、ぶどううり・くすこ氏の発言引用)

 

まさに美意識の問題だと思います。こうなるとむしろ気が楽です。それぞれがそこに込めるものが正解で、人と比べるものでもない。今のJ.GERDEN会場で見ることができる作品の多様さが、それを表していると思います。

 

…そんなわけで、今回は「あなたのJUNEはどこから?私は」(笑)的なわがままを通した一冊です。もちろん自分にとってもJUNEはこーいうのだけではありませんし、BL否定というわけでもないです。というか、JUNE/BLはいろんなものを飲み込むカオスなパワーがあるジャンルだと思っています。現在の商業BLで特化している表現はもう充分巷にあふれているし、自分がそれをやっても下手だと思うので、JUNE/BLとフツーの小説の重なる、自分好みのハンパなあたりで(笑)これからもやっていきたいな、と思います。

 

 

複数プラットフォームでの配信

さて、配信の話にいきますが、二ヵ所で同時配信といっても同じ本なので簡単簡単……と思ったらそうでもなかったのです。(^^;) というのは、ストアの性質がちょっと違うんですよね。前回も書いたんですが、BOOK☆WALKERのほうは同人誌/個人出版を他と分けたコーナーにしているので、ある意味「同人誌をわかってる」方たちが見る場所だと思うんです。今回のキーワード「微JUNE」にしても、「JUNE」自体がkindleでは説明がいると思いますし、同人界隈では説明するとむしろ失礼みたいなところもあります。でも一般の(?)方が何かの拍子にご覧になったときにはわかりやすくしたいとも思いますし……。公開されてから商品ページを見て、「ああ、こうじゃないかも……」とちまちま書き直すことはわりと多いんですが、今回すごく悩んでそれを繰り返してます。それで現在、kindleとBOOK☆WALKERの有料版、無料お試し版ですべて商品説明が違う状況になっとります。内容的にも読む方をちょっと選ぶかな、というものですし(まあいつもそうなんですが)、もともと宣伝が下手なのもあるんですが、どういう感じの本なのかをお伝えするのは難しいなあ……と痛感しています。

 

それはともかく、今回はKDPセレクトに登録しなかったので、Unlimitedやオーナーズライブラリーに対応できない代わりに、kindle以外での露出は内容の10%まで、という制約がありません。どういうPRが可能か、いろいろ試してみようと思っています。(その一環が無料お試し版です)それから、今回初めてEPUBでファイルを作ってみて、テキスト主体の本で画像を全画面表示する方法などがわかったので、次に電子化しようと思っているSF系長編の演出(?)に活かしたいと思っています。

 

ノーガキが長くなりましたが、サラッと味わっていただけたら冥加でございます。どうぞよろしくお願いいたします。

流星:SF・微JUNE掌編集

 

【kindle版】
【BOOK☆WALKER版】

 

(無料お試し版)【BOOK☆WALKER】

 

 

追憶ホームズ上巻・ラスト3デイズ無料配信

さて、サイトのホームでお知らせしておりますが、既刊をkindle以外でも配信するようにするため、順次kindle独占配信を終了し、Kindle Unlimitedやkindleオーナーズ・ライブラリへのご対応がなくなります。今週末に分冊版の『追憶のシャーロック・ホームズ』が終了するので、そのラスト三日間に上巻を無料配信することにしました。この無料キャンペーンオプションも独占配信が条件なので、今後利用できなくなることに突然に気づきまして……もともとこういうキャンペーンをするための分冊版なので、未読の方はよかったらぜひダウンロードしてください。統合版はもうしばらく読み放題対応です。残りの本の対応終了スケジュールは別途お知らせいたします。

 

【分冊版・上巻】追憶のシャーロック・ホームズ

2018/3/21(日本時間22日午後6時頃)~23(日本時間24日午後6時頃)

商品ページの無料配信開始時刻がまだ修正されていないかもしれませんが、
開始は日本時間3/21午後五時頃の予定です。

 

 

 

平行配信&新刊準備中、と、プリント本(Beta)て?

BOOK WALKER平行配信準備中

というわけで、kindle以外のプラットフォームでの本の配信を、平行して始めてみることにしました。

じつは以前から考えていたのですが、検討していたうちの一つBOOK WALKERが、先日J.GARDEN会場で配信登録キャンペーンをやっていたので、後戻りできないように(笑)閉会間際に申し込んできました。(実質登録代行サービスへの誘導が主眼らしいのですが……申し訳ない、うちはDIYです(^^;))

 

 

現在kindleで配信中の本は、すべてKDPセレクトというのに登録しています。kindle独占配信にする代わりに、Kindle UnlimitedやKindleオーナーライブラリーの対象にしてもらうシステムです。他で同時配信するためには、規定でこの登録を外さなくてはなりません。昨日その作業をしたのですが、三ヶ月ごとの自動更新を「しない」という設定しかできないため、今期(発行時にスタートしているので本ごとに違うのですが)が終了するのを待って、それそれ違うタイミングで対象からはずれていくことになります。ですので、既刊のBOOK WALKERでの配信は期限のきたものから少しずつ追加していくことになります。

 

統合版と分冊版があるものは、問い合わせたところやはり両方外さなければならないそうで、ちと時間がかかりそうです。(とりあえずこれから一ヶ月くらいの間に終了になる分は、ホーム画面でお知らせしています。Unlimitedで登録済み、kindleオーナーライブラリーでレンタル済みの本は、終了後もお読みいただけますのでご安心ください。サービスのご利用をご検討中の方は、終了前にお願いいたします。J庭後急に固まったスケジュールなので、慌ただしくてすみません。本当は『ネガティヴ…』統合版は一番最後にしたかったんですけど……(^^;))

 

 

…そんなわけで、既刊のKDPセレクト有効期限が切れるまでの間に、BOOK WALKER配信用に新刊を出そうと思っています。これはもちろんkindleでも出すので、うまくいけば初めて二つのプラットフォームで同時配信になります。その次に、このサイトで公開している『交霊航路』に少し手を加え、配信しようと思っています。元々は今いじっているイアンシリーズの新作が詰め込みすぎて収拾がつかないため、頭を冷やすためにいったん「ただの作業」を入れよう、と思ったのがきっかけなのですが、久しぶりに今の電子書籍・個人出版周辺の状況を見て回ったら視野が広がり、やりたかったことのいくつかが実現できる(あるいはできそうな)こともわかって、やる気が出てきました。

 

Kindle以外で配信するようになると、ここのサイト名も変えなきゃいけないなーとか(笑)あるんですが、これはじつは当初から想定していたことでした。最終的には紙も出したいので、SUSSANRAP e-Books → SUSSANRAP Booksとか出世魚(?)的に変えていこうかなーと……。(あるいは「SUSSANRAP」のみのタイトルを同人母艦サイトからこちらに移すか……悩み中です)

 

もう一つ検討しているプラットフォームは当然(?)koboなのですが。それぞれ個性がありますね。BWとkoboは、無料本が置けるところに少しメリットを感じます。kindleでは独占配信にすれば数日間の無料キャンペーンができますが、恒常的なお試し無料本は個人出版ではできません。(普通の出版社のお試し無料本はよく見かけるので、たぶんそちらではできるんじゃないでしょうか)無名作家の作品はとにかく直接中身を見ていただくしかないので、恒常的な無料本オプションは少し魅力を感じます。kindleも無料サンプルは落とせるんですが、冒頭10%の自動生成なので、短いものだと本文があまりなかったりしますよね。そのへん、お試し用に編集できるのは利点だと思います。

 

それと、同人誌・個人出版の位置づけもちょっと違います。kindleとkoboは普通の市販本と混ざっていますが、BWは同人誌だけのエリアがあり、「同人誌を買う」と意識した方がご覧になることが予想されます。キーワードに引っかかれば市販本と個人本はまぜこぜで出てくるらしいのですが、このへんのちょっとした棲み分けから、(同人誌的な個人出版本については)競合相手としてむしろ同人誌専門のダウンロード販売サイトが意識されている印象を受けました。なので、BWは少し「同人誌寄り」のアプローチの本(たとえば「フリートーク」とかがたくさん入ってるような)も置きやすいかもしれない――売れるかどうかは別にして――と思いました。

 

ユーザーさんの層や絶対数の問題はもちろんあるので、とにかくやってみなければ様子がわかりませんが、とりあえずは同時並行配信をやってみようと思います。kindleのUnlimited対応はいつでもまた再開できるので、時々他での配信を一時停止してキャンペーン的に行うのもありかな、とも思っています。研究してみます。

 

プリント本(Beta)?

で、紙ですが。新刊の準備やらKDPセレクトの規定やらでヘルプを参照していたら、「プリント本」という見慣れない項目が、「(Beta)」とついてますが記載されていたんです! こっ、これは! どうやら、これまで日本では個人出版に適用してくれなかったオンデマンド本サービスの運用を始めてくれるのでは!? と期待しています。

 

米国Amazonなどでは、以前からCreate Spaceというオンデマンドサービスとの提携があって、kindle本をオンデマンドで紙書籍にすることができていました。ご注文があったときに一冊ずつ作られるので、出版者側としては在庫を抱える必要がありませんし、何より初期費用がいりません。わたしらのよーな零細インディーズ出版には救いの神であります。

 

じつは同人誌イベントで、時々「電子版を読める環境がないので、紙版がほしいんですけど……」とありがたいお言葉をいただくことがあります。自分もできれば全部のkindle本についてオフセットで刷って、以前密林社さん経由でAmazonに置いていただいていた『追憶のシャーロック・ホームズ』みたいにしたい、とつねづね思っていたんです。(現在同人イベントに持参している本はすべて自家製本なので、コピー同人誌に慣れていない方の目に触れるAmazonには……さすがに出せない!(^^;))

 

でも紙版で揃える予算がないので、オンデマンド出版サービスをいろいろ調べ回っていたところでした。その中ではBOOTHのオンデマンドも検討したんですけど、紐づけされる電子版にコピー防止などの措置がされないため、ただ「ファイルを配るだけ」なんですよね。なので物販以外は無料本程度しか使えないかも……と今のところ思っています。(その分BOOTHは「ほぼ同人誌イベント慣れしている方々がご覧になるはず」という安心感があるので、多少二次っぽい本なども通販に出しています)

 

他にもオンデマンド出版のプラットフォームはいくつか見たのですが、やはり露出力(?)はkindle本が一番なので、そことつなげないとあまり意味がありません。Amazonと他のオンデマンドサービスを自分で紐づける手段はないし、自分の使える限られた時間と乏しい発信力では自前のお店でやるのは現実的でないので、「うあー、Create Spaceが日本の個人に対応してくれればー!」と頭をかきむしって(笑)おりました。なので「プリント本」はまさに夢の実現(かも)です。まだ待たされるかもしれませんが、期待して待ちます。印刷費があまり高くないといいんですが。

 

…というわけで、そちらの正式なアナウンスを待ちつつ、新刊電子書籍の作業を進めます。あ、肝心の短編集の中身は既刊同人誌の改稿なのですが、改稿しながら泣いてしまったりしています。(おめでたい奴です(^^;))

 

今月中には配信開始できると思いますので、準備ができましたらお知らせさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。

 

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魔法が科学に変わる時:AIで「蘇る」故人

いつも見ているニュース番組で、ちょっとした「SFが現実になる瞬間」を体験しました。 

AIで残す“人の思い”(キャッチ世界のトップニュース)

 

「AIで故人とのコミュニケート(に見えるもの)を可能にする」という話題で、恋人を亡くしたIT起業家の女性が、AIに生前の恋人の言動の記録を学習させ、彼とチャットができるアプリを開発したというもの。返してくるジョークのセンスまでそっくりだそうです。亡くなった恋人自身が、故人の記録をAIに落とし込むことには興味を持っていたとのことでした。

 

で、「状況設定」や「映像」が、ちょっと前に見たSFドラマシリーズ『ブラックミラー』の『ずっと側にいて』というエピソードにすっかり重なって見えたんです。

 

亡くなり「蘇る」恋人を演じるのはドーナル・グリーソン。
ネットフリックスで配信中。シーズン2第1話です。
ブラック・ミラー(Netflix)

 

 ドラマのほうも、恋人を突然亡くした若い女性が主人公。彼女は激しく落ち込み、友達に勧められて、上記にそっくりのアプリ――故人のデータを学習し、故人とチャットができるようにしてくれる――に、最初は拒否反応を示しつつも手を出します。ドラマの主人公はユーザーですから、開発の当事者になる現実のほうがドラマチックな位です。 

 

スマホからデータを移すところとか、チャット画面とかがあまりにそっくりなので、「現実の話をヒントにあのドラマを作ったんでは」と思うくらいでした。でもこのエピソードは2013年のもので、順番は逆。あるいは現実がドラマからヒントを得たのでしょうか。でもフィクションからの発想というつながりがなくとも、AIの応用として自然に出てくる流れだという気がします。昔、技術を飛躍的に進歩させるのは戦争でしたが、今はIT周辺の資本主義が充分それを推進してしまえると思いますし。

 

…ドラマのほうは、テキストによるチャットから電話で話せる音声へとエスカレートしていきます。こういう作品、たいていラストは怖かったり、皮肉な悲劇だったり、「ぞっとする」ものになりがちなんですが、このドラマのラストもちょっと怖いような感じではあります。でも「もしかしたらこういうことを、私たちは自然に受け止めていくようになるのかも」とも思えてしまうところが、逆に一番怖いかもしれません。もちろん違和感は覚えますが、その違和感は「今の」自分だから感じるものかもしれない。ある新しい技術が出てくると、たいていは拒否反応やネガティヴな可能性に注目するトレンドって起こるのがあたりまえ。でも書籍にも、電気にも、テレビにも、人間は順応してきた。となると……という感じが、どこかでするのです。

 

フィクションで情緒の対象という意味での「人間」の役割人工物に置き換わると、年をとらないとか、欠点がなさすぎるとか、たいていネガティヴな結末につながるものが用意されます。でも現実的なところを考えると、これが資本主義経済の中で利潤を生む消費行動として成立する限りは、ユーザーの要求(ニーズ)に応え続けるでしょう。つまり年をとるように設定したり、欠点を作ったりも可能になるでしょう。もしそこまでいったとき、私たちはそれを拒否するだろうか。受け入れて「今は想像がつかない生活」に順応してしまう可能性もあるんじゃなかろうか。今の自分たちがテレビや電話、あるいはビデオ(記録した故人を「再生」できる)に順応しているのと同じように。一方で、なにかの規制が生まれるとしたら、どういう線を私たちは引くんだろう? そんなことをイロイロ思いました。

 

 

関連おすすめリンクなど

こういうテーマは、以前からいろんな作品で扱われていると思います。その中でも自分がリアリティを持って受け止めたものに、内田美奈子先生のSF漫画『BOOM TOWN』の中のあるエピソードがあります。(未読の方のためにどれかは伏せておきますね)『BOOM TOWN』では、電脳空間に作られた仮想都市とその中のバグを退治するデバッガー、ユーザー、その中でだけ存在できる「人格」を持ったキャラクターたちが織りなすドラマが描かれています。とても20年も前の作品とは思えません。…内田先生は代表作の『赤々丸』連載時から大ファンなのですが、BOOM TOWNは今読んでこそリアルな気がします。

 

マンガ図書館Zで無料公開中なので、未読の方はぜひどうぞ。

BOOM TOWN 1

超をいくつ付けても足りないおすすめ作品です。(先生の作品は他も全部超おすすめなのですが!(^^))

 

"Black Mirror"自体は、これまた大好きなSF作家テッド・チャンさんが、インタビューでおすすめなテレビドラマとして挙げていたものでした。インタビューは別ブログで拙訳でご紹介しているので、ご興味のある方はどうぞ。

『メッセージ』: 原作者テッド・チャンが語る小説から映画へのプロセス(リンクと拙訳)

 

チャン氏のおすすめで"Black Mirror"に興味を持ったものの、実際に見たのは一時的にはまったドーナル・グリーソンがきっかけでした。IMDbのトリビアに、人間と人工物の恋愛で両方の立場を演じたことがある、と書かれていたのを読んで興味が湧いたミーハーです。(笑) 『エクス・マキナ』(こちらが「人造人間と恋に落ちる(?)人間」ですね)や『アバウト・タイム』ではちょっと気の弱そうな役をやってましたが、『スター・ウォーズ』の新しいシリーズではハックス将軍という悪役をやってますね。(この将軍役のときはなぜか目が大きく見える)『エクス・マキナ』で共演していたオスカー・アイザックもろともスター・ウォーズに出ていたのを知って、遅まきながら「へえ~☆」と思いました。(^^;)

 

…ついでなのもう一つおすすめを。あのドラマのエピソードを見て感じた「違和感」と「リアリティ」は、あれがどこまでも「資本主義的な消費行動」というところから来ていました。身近な人の死から立ち直れない人をターゲットに、露骨に「商売」していることへの違和感も。これは両義的なのですけれど……。…現実のほうのIT起業家さんは、開発したアプリ(データを取り込むものではなく、亡くなった恋人にカスタマイズされたもの)を公開したそうで、それがまったく知らない人からも好評を得ているとのことでした。すごくデリケートな領域だけど、やはり応用展開はすぐそこ、という気がします。

 

さっき、IT周辺の資本主義が戦争並みに技術の進歩を推進できそう、と書きました。そのへんに実感を持てたのは、やはりチャン氏が昨年、BuzzFeedに寄稿していた記事を読んだせいかもしれません。その後日本語版も公開されたのでリンクしておきます。「資本主義とテクノロジーの関係」をリアルに捉えさせてくれました。 

シリコンバレーが警告するAIの恐怖、その本質を「メッセージ」原作者が分析

 

*      *      *

 

…SFの対象だったものが現実になっていく速度が、どんどん早くなって……言い換えると、近未来を扱ったSF作品の賞味期限がどんどん短くなっていきますね。昨今、ほんとによく感じます。思いついたもの、書いたものも、そのままではお蔵にするしかないものがどんどん増えていくなあ……と思いました。(^^;)

『青い紅玉』改めて傑作でした❤

原作は新潮文庫。グラナダ版DVDはハピネットの二代目と廉価なデジタルリマスター版。最近はあまり見ていませんが、見直す時はほとんどリマスター版です。初代ハピネット版はだいぶ前に友人のところへ嫁に出したのですが、モリアーティー教授の写真がついた外箱が好きで、箱だけ手元に残させてもらいました。
原作は新潮文庫。グラナダ版DVDはハピネットの二代目と廉価なデジタルリマスター版。最近はあまり見ていませんが、見直す時はほとんどリマスター版です。初代ハピネット版はだいぶ前に友人のところへ嫁に出したのですが、モリアーティー教授の写真がついた外箱が好きで、箱だけ手元に残させてもらいました。

今、クリスマスにそなえてホォムズとワトスン(うちのギャグ漫画版で「ホームズ」でなく「ホォムズ」(^^))のごあいさつ画像を描いているのですが、先日ネタ出しをしていたとき、「そうだ、ホームズさんのクリスマスといえば『青い紅玉』!」と思いつき、久しぶりに原作を読み直してみました。「クリスマス・ストーリー」としての工夫がこんなに詰まっていたのか……と改めてドイルせんせに惚れ直し、ついでにグラナダ版も見直していろいろ思うところがあったので、書き留めておこうと思います。(※原作、およびグラナダ版独自の脚色点のネタバレになってしまうので、未読・未見の方はご注意くださいませ)

 

…さて、タイトルは『青い紅玉』で記憶していながら、愛読してる原作はタイトルを『青いガーネット』と訳している新潮文庫版なのですが……(なので、『追憶のシャーロック・ホームズ』の文体は延原訳がお手本です)以前はふんふんと読み流していた部分の工夫やユーモアがすごく感じられて、目からウロコが落ちっぱなしでした。全体にコメディ感とほのぼの感がこんなに工夫されていたんだなあ、と。

 

冒頭では別の意味でびっくりで。というのは、すっかり「クリスマス当日の話」だと思い込んでたんですが、じつは「クリスマスの二日後」の話だったんですね。しかもこの時ホームズとワトスンは別居中(違(笑))。…たぶんグラナダ版でスリコミすぎたために、自分のなかで「2人は一緒に住んでて『青い紅玉』はクリスマス当日の話」になってしまってるんだと思います。(^^;)

…帽子の話から宝石に話がつながるところはおとぎ話的でもあり、「(ガチョウが)生きかえって台所の窓から飛んでったといでもいうのかい?」なんて冗談を言うのも面白いし、帽子を受け取りに来たヘンリー・ベイカーとのやりとり――「あれは仕方がないから食べてしまいましたよ」「食べたんですか?」――もすごくコミカル! 

 

そして一番すごいと思ったのが、ガチョウを商っているブレッケンリッジから「賭け」で仕入れ先を聞き出すところ。これまでなんということもなく読んでいたんですが、このアイデアの詰め込み方の細やかさって……!と、なぜか今回は感動してしまったんです。へんな言い方ですが、「ストーリーの段取り」になってない。いちいち「芝居のしどころ」があるというか。ドイルせんせは短編を書くのにも長編を支えられるくらいのアイデアを用意する、と自伝か何かで書いていらしたと思うんですが、まさにこういうことなんだなあと。…個人的には、ドイルせんせは推理作家というより物語作家(ストーリーテラー)だなーと感じるのですが、それを強く感じるのがこういうところです。

 

…今回は目的がクリスマス画像のネタ出しだったので、「そういえばヴィクトリア朝でクリスマスツリーやサンタクロースってありなんだろうか?」と思って調べていたら、サンタの起源の説明の中で「(サンタのイメージ元の)聖ニコラオスは無実の罪で捕まった死刑囚を助けた」というエピソードにぶつかりました。(→Wikipedia「サンタクロース」)『青い紅玉』もまさに「無実の罪で捕まった人を助ける」というモチーフを踏襲しているんですよね。そして……あえて犯人を逃がしてやるラスト。「これで一つの魂が救われると思う」「もしここで刑務所に送ってやれば、あいつは常習犯に転落してしまうだろう」という判断、「寛容と許しの季節」というクリスマス精神が散りばめられていて、いい気持ちで読み終えることができる仕掛け。探偵の話だから犯罪を絡めるという縛りはあるんですが、その範囲でできるクリスマス・ストーリー――クリスマスシーズンのための心温まるお話――として、めいいっぱいの工夫で書かれてるんだなあ……と、しみじみ感じました。

 

グラナダ版も、もともとは頭の中のイメージが「前髪おろしたジェレミー・ブレットが見られる❤」で塗りつぶされていたんですけど……(たぶん他のシーンを飛ばして「寝起き」のシーンを繰り返し見ていたためで、スタートも221B前の路上から、というイメージになってます!(^^;))今回は早送りも飛ばしもせずに(笑)見直して、逆に「原作からこう脚色したのかあ……!」という目線で新鮮に見ることができました。

 

導入部でサクッと宝石の来歴を見せてしまう手際の良さ、そして無実の罪を着せられるホーナーのキャラクターと設定を立体的に膨らませているところ。原作では彼自身も妻も出てこないし、彼の扱いは正直雑だった(笑)ので気になってました。その原作にない「解放されたホーナー」のシーンを付け加えるために、「ホーナーが捕まったままじゃ(クリスマスを)祝う気分になれない」ワトスンに言わせているのもうまいなあ、と思いました。ここまでの過程でホームズは、帽子の持ち主のヘンリー・ベイカーが宝石とは関係ないとわかると途端に彼に興味を失ったり、「ホームズらしい」ところが細かく演技で表現されていました。これも原作を読んでいると感じない部分で、映像版独自の細やかな表現です。

 

…こういうホームズのある意味冷淡に見えるところと、ワトスンのヒューマニズムを対照させて互いを強調する仕掛けになっていて、素晴らしい脚色だと思いました。「クリスマス・ストーリー度」も上がっています。(…あ、再度余談ですが、グラナダ版でホームズが宝石をネコババしているよーに見えるのは気になっています!(^^;)賞金1000ポンドと聞いて嬉しそうにしていたコミッショネアかわいそう……(笑))

 

イモヅル式に他のバージョンの『青い紅玉』も見たくなってきました。うちにあるのはたぶん犬版のアニメとピーター・カッシングのテレビシリーズ版くらいですが、見直してみようかなあ……。(じつは『青い紅玉』というタイトルを最初にインプットしたのは犬版。原作にはまるはるか前でした。その当時こうなるなんて想像もできませんでした……(笑))

「こんなにも自分を嫌わずにいられたら」/『真夜中のパーティー』(1970)映画と戯曲感想

 

公開当時ゲイムービーのエポックメイキングだったという『真夜中のパーティー』。レンタルで鑑賞しました。ゲイ仲間のバースデーパーティーに事情を知らないストレートの旧友が訪ねてきて……という集団心理劇。もともとは舞台劇で、ニューヨークの1960年代のお話です。じつは以前、大好きなマーク・ゲイティス氏がイギリスでこれの舞台に出演(しかもリアルの「夫」様と共演!)とTwitterで宣伝していて、調べたら映画化作品のコレがあったので、「見たいなー」と思い続けていたのです。そしたら少し前に、運よく近所のツタヤの良品発掘コーナーに入ってきたのでした。

 

さて、設定だけ見るとコメディにもなりそうなお膳立てなんですが……けっこうつらい映画、かつ引き込まれる映画でした。というのは、ゲイであることをメタファーとして、「生きにくさ」を抽象的なレベルで自分に引きつけて見ることができるからです。そういえば一般映画として公開されるタイプのゲイムービーって、こういう「生きづらさへの共感」が大きな要素としてあるなあ……と思いました。この作品は腐女子目線でも萌え要素はほぼゼロですし、60年代風俗が今見るとイタかったり、不愉快なくらい「辛い」ところもあったのですが、なぜか返却するまでに三回見返してしまいました。別の引力があるんです。(音楽にも時代感があって……子供の頃エレクトーンで習ったバート・バカラック『ルック・オブ・ラブ』が使われてたりして、初見なのに妙なノスタルジーも味わいました。(^^))

 

ただ、原作が舞台劇のせいか台詞が多く、しゃべり方も早くて、初回は意味をとれないところがけっこうありました。字幕自体が字数制限ではしょられているためか、納得のいかない台詞も多くて……で、探したら原作戯曲の邦訳があったので、そちらも図書館で借りてみました。(引用する台詞は字幕の記憶や戯曲の訳から要約しています)

 

出てくるキャラクターたちは30歳前後で、主人公のマイケル(びみょーに宮根誠司似)はパーティーを開く部屋の主。誕生日を迎えるのは別の人です。恋人の台詞によると「失業手当を映画なんかに浪費して」いて、部屋には映画女優のドローイングがたくさん飾ってあります。(あいまいに映画業界の人っぽいんですが、戯曲では脚本を書いてボツになった経験を口にしています)ブランドものを買いまくり、借金を重ねては逃げることを繰り返しているらしく、一方でマメにミサに通うカトリック。分析医にかかっていて、五週間禁酒しているところ。毒舌家で、口を開けば個人攻撃や憎まれ口めいたジョークばかりです。

 

彼と毎週土曜日に会っている恋人のドナルドも分析医にかかっていて(ある意味この時代の「流行り」でしょうか?)、「自分がこうなった」こと……ゲイであることばかりでなく、「ものごとを途中で放り出す」「失敗すると安心する」……のは両親のせいだと言います。こう並べるということは、ゲイであることを自分の欠点だと思っているんでしょうね。映画の字幕ではそこ止まりの説明ですが、戯曲では「失敗すると母が"喜んで"愛してくれる」という体験を幼少時から繰り返してきたためだと自分で分析。(あるいは分析医が言ったのでしょうか)ハンサムで体形にも恵まれ読書家で、薄給の清掃人でいることを「天職」と言います。借金を踏み倒しながら気ままな暮らしをしているマイケルとは対照的で、マイケルはドナルドを「良心的で働き者で借金のない、ゲイの鑑」と皮肉ります。 …一応恋人と書きましたが、本人たちがそうじゃないと言ったり、それなのにすごく依存しているところがあったり、微妙な距離感です。

 

60年代なのでエイズが問題になる前の世界ですが、冒頭の二人のシーンでは「その時代のゲイ」のシリアスで個人的な悩みが語られます。でもマイケルはあまり空気が湿らないようにまぜっかえします。こうしてごまかしながら生きていないと破綻してしまうんだろうな……という感じがしました。つっぱっているようで危ういバランスの上に立っている人。ポンポンとジョークを飛ばして好き勝手にしていながら、その裏で自分がゲイであることを「治したいもの」、苦痛の元と捉えているようです。

 

同性婚が広がりつつある国の今の感覚とはかなりのズレがあるでしょうが、今も世界がすべてそう変わっているわけではないですし、逆にこういうところがこの映画に普遍性を与えているように思います。「自分の中のある部分を自分自身が肯定できない」という、おそらく多くの人が共有する葛藤と重ねて見ることできますから。

 

とはいえ、アパートに集まる他のメンバーはさまざまです。小柄で容姿は残念なオネエタイプのエモリー、黒人の書店員バーナード、写真家のラリーと教師のハンク(離婚調停中でラリーと同棲中)、この日に32才になるユダヤ人であばた面を過度に気にするハロルド。そこにハロルドへの「プレゼント」として買われた男娼(マット・デイモン似。『真夜中のカーボーイ』を踏まえたジョークでカウボーイハットをあてがわれています)、マイケルの大学時代の友人で弁護士のアランが訪ねてきます。マイケルは彼に対してゲイであることを隠しているので、このパーティーがゲイの集まりであることを隠そうとします。   

図書館で借りた原作戯曲の邦訳『真夜中のパーティ』。なぜか「パーティー」ではないです。残念ながら古書しか出回っていないようですが、発行は劇書房さん。あ、『ロイヤル・ハント・オブ・ザ・サン』出してくださってたところですね❤
図書館で借りた原作戯曲の邦訳『真夜中のパーティ』。なぜか「パーティー」ではないです。残念ながら古書しか出回っていないようですが、発行は劇書房さん。あ、『ロイヤル・ハント・オブ・ザ・サン』出してくださってたところですね❤

途中でとあることから流れが変わり、マイケルは「心から愛している人に電話で告白する」というゲームを始めるのですが……ちょっと唐突に感じたところでした。戯曲を読んで、疑問のうち字幕の字数制限が原因だったらしいところは解決したんですが、やはり根本的な疑問は残りました。詳しく書くとネタバレになるので控えますが、マイケルの言っていることを信じると、彼はあることを最初から確信しているはずなのです。でも前半ではそういう反応をしていなくて、嘘をついてるわけでもない。前半と後半が、どうもうまくつながっていないように見えました。単純にカットされた結果でしょうか。映画ってそういうこともありますから……。(映画を見た後は「自分だったらこういう流れにするのになー」という改正案(?)が脳内に湧きまくりました。(笑)でもその「改正案」は戯曲を読んだらちゃんと入っていたんです……これをカットするとは思えないので、映画では自分が見落としたのかな。三回も見たのに!)

 

…そのへんのもやもやしたところは残ったのですが、やはり引力のある映画・戯曲でした。ゲイの世界は思った以上に見た目重視なんだなあとか……。あと、へんな言い方ですが、ゲイのカップルならではの「かっこいい」対立もありました。常に複数の恋人がいないと我慢できないラリーと、一夫一夫にこだわるハンクが互いの思いをゲームの電話を通してぶつけ合うシーン。妥協ともなんともつかないやりとりが終わると、電話を置くカットがまるで拳銃を置くようで、電話が拳銃がわりの決闘シーンみたいな緊張感が独特でした。ヘテロでこうはいきますまい。

 

そしてやはり、先ほど書いた「生きにくさ」への共感。タイトルに引用した「こんなにも自分を嫌わずにいられたら」は、終盤のマイケルの台詞です。この映画で一番「刺さった」台詞がこれでした。(じつは戯曲は同箇所の台詞が微妙に違い、「どうしてこんなに憎み合ってしまうんだろう」となっています。同じ原文で翻訳の解釈が違うだけかもしれませんが、原文同士の引き合わせはしていないので未確認です)

 

単純に見目好い俳優さんを見る楽しみを除けば、腐女子としての自分がゲイを扱った映画に惹かれる上で、この「生きにくさ」への共感と、先ほどの「男性同士でないと出ないカッコよさ」が持つ意味は大きいんだな、と思いました。振り返って自分が創作するときを考えると、当然「自分が面白いと思う作品」を作りたいわけで、この辺の好みをはっきり意識できたのはちょっとした発見でした。もちろん自分にとっての「引力」もそれだけではないんですけれど。

 

…映画のキャストは舞台のオリジナルキャストそのままだそうで、自分は知らない人ばかりでした。が、ハンク役のローレンス・ラッキンビルだけはなんとなく見覚えがありました。調べたらなんと、スタトレ映画でスポックの兄弟サイボックを演じていた方だそうです。でもこれを覚えていたとも思えないので、まあ「なんとなくこういう顔って見るよね」という感じかな?(あ、チョイ役ですが、唯一はっきりわかった人がいました!のちにボンドガールをやるモード・アダムス!写真家ラリーの仕事のシーンで、モデル役でちらっとだけ顔を見せました。若い!)

 

萌えはほぼゼロと書きましたが、二回目以降ハンサムに見えてきたのがドナルド役のフレデリック・クームズ。IMDbには写真がないのですが、ググったところ、この作品を手掛けた大物プロデューサーのドミニク・ダンとの間にロマンスがあった、という記事にぶち当たりました。2人とも故人ですが、記事はこちら。(ダンの伝記企画が進行中という記事で、中ほどの白黒写真の右の人がクームズです)といってもスキャンダルというより、比較的「いい感じ」のエピソードとして書かれているように見えます。記事によれば、クームズは自身も劇作や演出をする「温かくチャーミングでおおらかな男」で、毎年クリスマスに孤児のためにプレゼントを集める大きなパーティーを開いていたとか、ダンにポジティブな影響を与えたとか書かれています。ダンは既婚者で子供もいて、本は明らかに「芸能界セレブの同性愛暴露本」のようなんですが、スキャンダル感が薄く感じられたのは、おおっぴらに男性とデートし始めたのは奥さんの死後、と書かれているためかもしれません。(イマドキ「同性愛だからスキャンダル」という感覚はないですが、奥さんの生前の浮気だったらやはり腐女子の目にも印象悪かったかも★)

 

マイケル役のケネス・ネルソンは、後年アメリカからイギリスに活動場所を移したそうで、IMDbのバイオにご本人の言葉が紹介されています。イギリスのほうが自分に合っていると説明する言葉ですが、
「ここではみんな『ランボー』と聞いてもシルベスター・スタローンを思い浮かべたりしない」
というくだりがちょっと印象に残りました。

 

…この作品のキャストの多くが実際にゲイだったそうで、プロフィールを見ると、クームズやネルソンを含めて何人もがエイズ関連で亡くなっています。時代を感じますし、ゲイティス兄がよくHIV検査の啓蒙ツイートをしていることの「現実感」が改めて理解できました。

 

 

さて、冒頭で書いた通り、この映画に興味を持ったのは、そのマーク・ゲイティス氏と同性パートナーのイアン・ハラードさんが、この戯曲の舞台"The Boys in the Band"に出演したためでした。ゲイティス兄はハロルド役だったそうなんですが、これがもう、舞台の話がなかったとしても「ゲイティス兄似合う! てか似てる!」と思うくらい。見た目もですが、物腰や台詞回しも。『リーグ・オブ・ジェントルメン』での女装含めた「やりすぎ百面相」を思えば、何でもありな方ですが……(笑)、でもそこまでいかずともまんま変換可能です。「この似姿から発想した企画なんじゃないの?」と思うくらい。おかげで初見は「似すぎてる」のが気になって落ち着きませんでした。(笑)ハラードさんは容姿で当てはめるとストレートの旧友アランに一番似ていましたが、役はマイケルだったそうなので主役ですね。ゲイティス兄脚本作品で拝見して以来、ゆるくファンなので、お二人が共演の舞台版も見てみたかったです。

『ダンケルク』鑑賞といろいろの日

今日はちょうど仕事の納品を終えたタイミングで、見たかった『ダンケルク』をすべり込みで鑑賞してきました。

 

第二次大戦時、フランスのダンケルクの海岸に追い詰められた英軍兵士を、対岸のイギリスから民間船が協力して救出した、という逸話を映画化したもの。この出来事自体はドラマの『刑事フォイル』で初めて知りまして、以来興味がありました。その題材の映画化、これはぜひ見ておかなくちゃ!と思っていたのですが、仕事の他イベントが続いていたのもあり、なかなか時間がとれずとうとう最終日の鑑賞になってしまいました。でも行けてよかったです!(このへんの歴史はイアンの「領域」でもありますし!)偶然ですが、すこし前にご紹介した"Queers"で初々しいゲイのティーンエイジャーを演じていたフィン・ホワイトヘッド君も出ているというので、こちらも楽しみでした。メインキャラは複数ですが、ホワイトヘッドくんの役はその中でもメイン中のメインでありました。

 

ちょっと構成が変わっていて、映画はフランスからあの手この手でイギリスに帰ろうとする若い兵士 (これがホワイトヘッドくん)、イギリスから救出に向かう民間船(船長役が『ブリッジ・オブ・スパイ』マーク・ライランス)、同じくダンケルクに向かう戦闘機スピットファイア(パイロット役がトム・ハーディー)の三つのシーンが同時進行します。二次大戦映画のイギリス軍というと、レーダーや模型を使って戦況を大きく把握するシーンが良く出てくるイメージがあったんですが、今回はそういった全体像を解説するシーンが一切なく、台詞も少なく、ひたすら「現場」を見せていきます。爆撃や船の沈没などのシーンも、広い海岸を見せるシーンもいちおうありますが、そこで迫力を出すという感じでないんですね。題材から予想するよりもずっとパーソナルな印象で、大作戦争映画という感触ではありませんでした。「物語」という感じでもない。ひたすら現場、出来事を見せる、体感させる、という感じでした。

 

三つの「現場」で常に「どうなるんだ」というサスペンスがあり、うまく集中力が途切れないように引っ張っていきます。へんな言い方ですが、昨今インターネットの影響で1分の動画でも「長く感じる」ようになった観客を「飽きさせない」工夫って、こういうものなのかもしれないな……なんてことも思いました。緩急で言うと緩がなく、ほぼ急の連続なのです。ノンストップでゴリゴリ押していく感じで、最後も「生きて帰れてよかった」という大団円ではなく、これからまた別のところへ送られるんだろうな……という方を強く感じました。最後に出てくるチャーチルの言葉「We shall never surrender.(我々は決して降伏しない)」皮肉に響きます。うまい締めくくり方だなあ、と思いました。

 

ただ個人的に残念だったのは、協力した民間船の例として描かれるライランスの船がプレジャーボートだったこと。ないものねだりですが、できれば漁船と漁師で見たかったです~!(それ一番期待してたので!(^^;))

 

…今回はとにかく体験する映画で、情緒や心理はすごくシンプル。でも現実にはこういうものかもしれないな、とも思います。見た後は……ジェットコースターに乗った後のような酩酊感があったのですが、一方で映画としての感動というか印象が薄い、という感じはありました。言葉にしにくいというより、何か言いたい感じにならない。でもつまらないんじゃないんです。ただ、見た後「この映画について何かやみくもに語りたい~っ!」…という感じにならない。(書いてるけど(笑))たぶん臨場感がメインディッシュで、ある意味哲学というか、背骨を通る理屈の部分を感じないからかな……と思います。(チャーチルの著作もそんな感じで、生き生きと描かれてるけど妙な印象の「薄さ」も感じます)ここんとこ体調もイマイチなので、そのせいももしかしたらあるかもですが……でも過去に見たクリストファー・ノーラン監督の映画……プロフィールを見たら『インセプション』『プレステージ』『インソムニア』『メメント』…あたりは見ていたのですが……思い返すとみんなわりとそんな印象があります。凝ってるなーとか、よく考えてあるなーとかは感じるんですが、のめり込むって感じになった覚えがない。これは個人的な好みの問題かもしれません。

 

でも繰り返すようですがつまらなかったわけではまったくなくて。ミーハー目線では顔立ちの美しいフィン君は見ていて目の保養でしたし、ハリー・スタイルズはああしているとなんだか若い頃のルパート・グレイヴスみたいで、こちらも目の保養でした。他にジェームズ・ダーシー(❤)キリアン・マーフィーケネス・ブラナーなんかも出ていました。(ブラナーは将来チャーチルがやれそうなお顔になってきましたねー…)

 

最後にホワイトヘッド君が新聞で読んでいたチャーチルの演説は、ググってみたら英語版wikipediaやYoutubeにありました。やはり有名なスピーチなんですね。

Wikipedia: We shall fight on the beaches

 

 

ともあれおかげさまで自分に活も入ったので、イアン用の遠回しな資料(図書館借りして手元にほしくなった『第二次世界大戦の起源』)を帰りに買ってきました。がっつり今回のテーマではないですが、彼が詳しい領域の基本図書の1つだと思うので……これから図書館本から付箋を移そうと思います♪

著者はA. J. P. テイラー。大好きなE. H. カーせんせの著作でもチラチラと名前が出てくる方です。
文庫なのはありがたい❤ これで線も引き放題だー♪(笑)

 

10/20は他にもいろんなことがてんこ盛りの一日でした。まずはテッド・チャンさんのお誕生日。(『メッセージ』販売&レンタル開始しましたね。チャンさんの特典動画がブルーレイにしか入ってないので、今まで手を出さなかったブルーレイプレイヤーを買いました)皇后陛下もお誕生日だったそうですね。

 

そしてフランスの女優ダニエル・ダリューが亡くなったそうで。21世紀になっても出演作があったことをさっき知りました。個人的には記憶がいきなりジェラール・フィリップ『赤と黒』くらいに飛んでしまうので、失礼ながらご存命とはまったく思っていませんでした。100才でいらしたそうですね。フィリップはかなりの早世ですし、そう思うと彼の生きていた時間と地続きなんだなあ(?)……と、妙な感慨があります。

 

 

個人的なほうでは、今日は映画に行く前に『ドラえもん物語~藤子・F・不二雄先生の背中~』が到着して、一気に読みました。先日新聞で知った漫画で、F先生のアシスタントをなさっていた漫画家のむぎわらしんたろうさんが、先生の思い出をお描きになったもの。中には写真などの資料や、先生がむぎわらさんに書いたアドバイスなどもそのままの文字で載っています。

「漫画は一作一作初心にかえって苦しんだり悩んだりしながら書くものです」

という一文など、深いところに刺さりました。漫画に限らないお話として、いつでも思い出したいお言葉です……。

亡くなる直前までお仕事をなさっていた、というお話は以前読んだことがあったのですが、改めて読むと泣けてしまいます。……じつはF先生は昔から大好きでした。でもファンとしてはヨコシマというか(?)、藤子A先生が書いた回想記『二人で少年漫画ばかり描いてきた』からファンになったので、半分ご本人のファンです。(うちにあるのは文庫のこちらのバージョンですが、新バージョンで今も流通しているのは嬉しい❤)作品では、評価が高いシリアスなSF短編よりも明るいほうが好きで、一番好きなのは『21エモン』です。(そうたくさん読んでるわけでもないですけど……) …こちらはまた語りだすと長い話になっちゃうので、いつか機会があったら改めて。

今回のこの本、F先生ファンの方には心からおすすめです。

 

…ふう、ブログ3~4回分くらいネタがてんこ盛りの一日でした~。(笑)

賞味期限の切れた「世紀末」/「カッシーニ」と『交霊航路』の思い出

昨夜は土星探査機カッシーニがお役目を終え、土星に落下して燃え尽きるのだというニュースがありました。ここで公開している改訂版『交霊航路』でもほんの一瞬助演(?)していただいてるので、「ええっ、あのカッシーニさんが……」と妙な感慨があり、お見送りをしようとYouTubeで管制室のライブ配信を視聴しました。ネットはありがたいもんですね☆ (贔屓俳優ジョナサン・アリスさんが『オデッセイ』で管制責任者をやってから、「NASAの管制室」自体が萌え対象にもなっております!(笑))もちろん映像は管制室で、リアルのカッシーニの映像が見られたわけではないんですが、拍手の起こった瞬間を目撃できました。二十年間おつかれさまでした!

 

NASAの公式サイトには特設ページもできています。「グランド・ファイナル」ってかっこいいですね……。

Cassini: The Grand Final

 

「カッシーニ」がこの世からいなくなることへの感慨は、ちょっと妙な角度からでもあります。ご存知の方も多いと思いますが、じつは二十世紀の「世紀末予言」に関するトピックの1つでもありました。

 

昭和の大ブームになった「ノストラダムスの大予言」にある

「1999年、7の月、空から恐怖の大王が降ってくる……」 

という部分の「恐怖の大王」、これの候補のひとつがカッシーニだったんです。

 カッシーニの打ち上げは1997年ですが、原子力電池を積んでいて、1999年の夏に地球をスイングバイ(天体の重力などを利用してスピードや軌道を変えること)するというスケジュールでした。「恐怖の大王」説は、そのスイングバイのときにカッシーニが地球に落下し、放射性物質がまき散らされて壊滅的な被害が……という説でした。いろいろツッコミどころはあるとは思いますが、世紀末ブームの中で「原子力なんたら」が「空から落ちてくる」と聞けば、想像を膨らますには充分だったと思います。

 

…というわけで、自作では申し訳なくもそのへんのイメージで使わせていただいたのですが、それももう「今はなき土星探査機」の話になっちゃったんですね……。その他いろいろ「世紀末っぽいネタ」をいれたのをなんとなく思い出したのですが、今高校生の方がすでに21世紀生まれだと考えると、このへんもだんだん注記がいるようになるなーと……「2000年問題」も今ではピンとこないですね。もはやレトロネタかもです。(笑)

 

…いちおう書きますと、2000年問題というのは、西暦表示で19●●年の「19」の部分を省いて二桁で表示する形式がよく使われていたので、1999年から2000年になるときに99→00となってしまい、コンピューターが狂うのでは……という問題でした。個人的には「わかってるならコンピューター会社が手を打ってくれるだろう」とのんきに構えていましたし、特に問題も聞かなかったように記憶していますが、もともと「1999年で世界は……」という説がいろいろ流行っていたので、「説得力」を感じる土壌はあったように思います。

 

1999年が過ぎると、マヤの暦がそこで終わっているという2012年がブームになって、たしか映画もありましたね。(これは見てない気がする)。なんのかんの言っても、終末予言ネタはちょっと心惹かれるものなのかもしれません。そのほかにも惑星直列とかグランドクロスとか(前者は太陽系の惑星が一直線に並ぶので重力の異変などが起こる、後者は同様に惑星が十字架型に並ぶので何かが起こる……とささやかれていた説。残念ながら(?)何もありませんでした(笑))……ちょっと怖いけど壮大でワクワクする、「世紀末」っぽいネタっていろいろブームがありましたね。今思うと楽しかったなあ……。(笑)そして時事ネタはどんどん歴史トリビアになっていくのだなあ……と、今回カッシーニさんを見送りながらしみじみ感じたのでした。

 

(ところで、今回「世紀末」と打とうとするたびに「聖飢魔Ⅱ」と先に出ました。たしかに元信者なんですが、そ、そうなってるの?うちの辞書?(^^;))

 


[作品について]

『交霊航路』は10年ほど前に同人誌で出した小説で、SFとホームズパスティーシュ風の趣向が混じり合ったごった煮作品です。初めて小説で長めのオリジナルを書いたのがこれで、少数ながら好意的なフィードバックをいただけて、文章作品を書く励みになった思い出深い作品でした。その後某小説大賞応募のために改稿し、一次選考通過で講評をいただくことができました。(ホームズネタも特に予備知識はいらない書き方を心がけたつもりでしたが、やはりこの部分が一般向けにはちょっと……とご指摘いただきました。内心覚悟もありましたので納得です。(^^;)でもご講評はとても参考になりました)

 

その後また少し手をいれ、昨年からサイト内のライブラリーで全編無料公開しております。ご閲覧くださった皆様、ありがとうございます。カッシーニや2000年問題は改稿時に時代感を出そうと入れたので、昔同人誌でお読みいただいた方はご記憶にないと思います。(入れていたとしても忘れるくらいの扱いですが(^^;))その他も特に後半はディテールをかなり書き足しているので、よかったら昔お読みいただいた方にもご覧いただけたら嬉しいです。

Queers:モノローグで辿る英国のゲイの一世紀

イギリスで男性の同性愛行為が「違法でなくなった」のは1967年のこと。今年はそれから50周年にあたります。この夏にBBCがそれを記念し、"Gay Britania"という企画を展開していました。それに関連して出たのが、ご紹介する"Queers: Eight Monologues"マーク・ゲイティスさん(海外ドラマ『SHERLOCK』制作・脚本・マイクロフト役)が、Twitterでサイン本の宣伝をしていて知りました。Gay Britaniaの一環で放映された独白劇シリーズをまとめた戯曲集で、ゲイティス氏は全体のキュレーションと一本目の執筆を担当しています。

 

 

ゲイティス氏自身オープンなゲイであり、パートナーのイアン・ハラードさんとシビル・パートナーシップ(同性カップルに結婚に準じた権利を認めるイギリスの制度)の関係を結んでから10年近くになるそうで、LGBT関連の運動にもよく参加しておられます。むしろ推進役の一人と言ったほうがいいかもしれません。 

 

…ゲイティス氏のファンでもあり、自分の作品中でも及ばずながらイギリスのゲイのキャラクターを書いているので、このへんのリサーチはライフワーク化しているところ。これは一石二鳥であります。さっそくkindle版無料サンプルをダウンロード。サンプルはゲイティス氏によるイントロダクションだけでしたが、ご自身の少年時代の思い出から今回の企画の意図、八本のエピソードの紹介……と引き込まれてしまい、そのままコミティア会場からkindle版を購入しました。(当日店番しながらサンプルを読んでいました(笑))衝動買いでしたが後悔なしです!(^^)

 

イントロダクションによると――

 

この一世紀のイギリスを舞台にLGBT+の歴史全体を描こう、とは思わなかった

それよりずっとやりたかったことは、ゲイの男性の経験を詳しく掘り下げることだ」

(以下引用部は拙訳)

 

 ――とのこと。そんなわけで一つ一つのエピソードでは、節目になる年に居合わせた個人の体験が語られます。それぞれ約20分の独白劇=一人芝居が全部で八本で、同じキャストで舞台でも上演されたそうです。キャストのうち、少なくとも自分が確認している四人――ベン・ウィショーアラン・カミングイアン・ゲルダー、ラッセル・トーヴィー――は、実生活でもオープンなゲイの俳優さんです。

 

順不同で三本読んだところなんですが、資料という言い訳(?)を忘れて引き込まれています。うちの本をお読みくださっている方にはたぶん琴線に触れる内容だと思うので、少しご紹介してみたいと思います。

 

購入したkindle版"Queers: Eight Monologues"。表紙はベン・ウィショー、アラン・カミング、フィン・ホワイトヘッドら8人の出演者さんたち。Paperwhiteなのでモノクロなのがちと残念。
購入したkindle版"Queers: Eight Monologues"。表紙はベン・ウィショー、アラン・カミング、フィン・ホワイトヘッドら8人の出演者さんたち。Paperwhiteなのでモノクロなのがちと残念。

各エピソードの設定年代とタイトルは以下の通りで、ちょうど100年間です。(本は年代順の掲載ですが、放映の順番は少し違うようです)

 

1. (1917) The man on the platform

2. (1929) The perfect gentleman

3. (1941) Safest spot in town

4. (1957) Missing Alice

5. (1967) I miss the war

6. (1987) More anger

7. (1994) A grand day out

8. (2016) Something borrowed

 

読み終えたのは一本目、七本目、八本目で、最後の八本目では一番最初のエピソードをふっと思い出す仕掛けもありました。

 

一本目の"The man on the platform"(プラットフォームにいた男)は、第一次世界大戦から帰還した兵士の切ない回想。主人公は戦地で担架運びをしていましたが、上官との間に淡い交流があり……この淡さが、この時代のリアルな空気なのでしょう。でもそれゆえに、読み終えた中では一番「JUNE」らしい余韻を感じた一本でした。

 

演じたのは『007』シリーズのQなどで大人気のベン・ウィショー。前述の通りマーク・ゲイティス作の一本なのですが、この人はほんとに、良い意味でセンチメンタルなお膳立てを作るのがうまいなあ……とつくづく思います。ウィショーさんもセンチメンタルな表現でテンションを高めるのがすごく上手い俳優さんなので、鬼に金棒。さりげない内容なのにうるっときました。中で作家のオスカー・ワイルド(1854-1900)が話題になりますが、イントロダクションでゲイティス氏はこう語っています。

 

「ワイルドはこのモノローグに絶好のスタート地点だと思った。

しかし(物語は)この100年間の内に収めたかった。

じゃあ仮に、オスカー・ワイルドにまつわる記憶を持つ

誰かの視点をとったらどうだろう?
ひょっとしてその人物は、
ワイルドがレディング監獄に連行された恥辱の日に、
プラットフォームにいたんじゃないか?」

 

それで作品はワイルドそのものの物語ではなく、主人公が子供の頃に駅で「連行されるワイルド」を見かける、という扱いになっていました。そのときワイルドと目が合った主人公は、「自分が何者か」を見透かされた気持ちになります。

 

1885年に「ラブ―シェア修正条項」が成立してから同性愛行為は違法となり、オスカー・ワイルドはその罪で有罪となって収監されました。ゲイティス氏はイントロダクションでこの条項を「脅迫許可証」と書いています。たしかに、「金持ちの男性と同性愛関係を結んで後でゆする」という行為にお墨付きを与えたようなものですね。この時代の同性愛を題材にした作品では、この手の脅迫がよく触れられますね。

 

タイトルになっている「プラットフォームにいた男」は、この時のワイルドでもあり、最後にもう一度、泣けるシーンがあって二重の意味を持ちます。…イントロダクションでは、ワイルドの恋人だったアルフレッド・ダグラスが詩の中で同性愛を指した「その名を口にしえぬ愛」(the love that dare not speak its name)を踏まえて、「その名を口にされかけた愛」(a love that almost spoke its name)と表現されています。ラストのなりゆきは切なくて素敵ですが、いつか日本で放映されることを願って、詳細に書くのは控えておきます。

 

(たぶん非公式の露出なのでおおっぴらにはおすすめできませんが、映像はYouTubeで見ることができました。独白劇なので全部台詞で理解するしかなく、自分は聴き取るのは無理なので(^^;)、本で辞書を引きまくれて助かりました。余韻のあるラストになっていました)

 

次に読んだ七本目の"A grand day out"(大いなる小旅行)は、同性愛行為を合法とする年齢が21歳から18歳に引き下げられた、1994年のお話。この変更の審議と議会での投票が行われた時、おおぜいのゲイが議会に押し掛けたそうで、そのデモに参加した地方出身の17歳の少年の独白です。来る気はなかったけど、その日の朝に新聞にデレク・ジャーマンの訃報が載っていて……と、「行かなくちゃ」と衝動に駆られてからの体験を語ります。ジャーマンはエイズで亡くなった映画監督で、当時日本でもこの方の一連の映画のちょっとしたブームがありました。じつは、「Queer」(クイア:「奇妙な、いかがわしい」。俗語で同性愛者を軽蔑的に指す)という言葉を強烈にインプットしたのが、ジャーマンの映画『エドワードⅡ』の同名のムックだったという個人的な思い出があります。ジャーマンの名前が出てきて、その周辺のぼやけた記憶が掘り返される思いがしました。

 

初々しい主人公を演じるのはフィン・ホワイトヘッド。明日公開になる『ダンケルク』のメインキャストの一人です。

 

次に読んだのは、八本目にして全体の締めになる"Something borrowed"(借り物)。時代は2016年で、パブを会場に同性結婚のつつましい披露宴を控えた新郎の独白です。これまでのいじめなどの体験と、「夫」になる人との出会い、母への思い、その他もろもろの思い出や未来に向けた希望、警句などをチャーミングに語ります。演じるのはアラン・カミング。個人的には初めて名前を意識したのが『プランケット・アンド・マクレーン』でのおネエっぽい貴族役だったので、ずっと自然に「そういう」イメージでした。最近では『チョコレート・ドーナツ』でフェミニンなゲイ役を直球でやっていましたね。(『チョコレート…』は映画としてはちょっと残念な部分も感じましたが、逆にその理由を考えたことが勉強になり、カミングのみごとな歌唱力には素直に驚いた一本でありました)

 

そしてここでもオスカー・ワイルドが引用されます。主人公曰く、「ゲイの結婚にオスカー・ワイルドの引用は欠かせない」――しかも、「かつて介護施設で本を朗読してあげた盲目の老人」から聞いた言葉であり、その老人はワイルドを見たことがある、というので――年齢を考えると同一人物の可能性は低いですが、最初の一本が思い出され、百年の時の流れが目の前に立ち上がるような感覚がありました。

 

…というわけで、キャストも劇場映画主演クラスの方たちが参加してますし、日本でも見られたらいいなあと思うのですが……ちょっと細かい解説が必要な内容ではあるし、あくまで「イギリスでの」ゲイの歴史であり、日本ではまったく状況が違い、フィクションではあるものの史実の俯瞰と記念の要素が大きいので、日本でのテレビ放映はちょっと難しいかなあ、とも思います。でも、それこそNHKあたりでその手のドキュメンタリーと抱き合わせにすれば、いい企画になるんじゃないかとは思うんですけど……いや、自分が字幕付きで見たいだけなんですが。(笑)

 

 

*      *      *

 

 

 私事になりますが、じつは1967年は自分の生まれた年でもあります。なので、この年に「犯罪でなくなった」ことを知ったときは、ちょっと不思議な縁を感じました。「えっ、わりと最近のことなんだ」という驚きもありました。50年と言うとかなり昔に感じますけど、厚かましくも16くらいから感覚が変わってない(笑)身としては、「自分が生まれた年」とい言い換えると充分「最近」なんですよね。とはいえ自分は女性のヘテロですし、目線はあくまで腐女子という「外側」からのものでしかないと思います。でもその立場から「鑑賞」を超えて「共感」できるものも感じるんです。(「女性として」というとかなり重い話になるので、ここでは「腐女子」のほうを念頭におきます)

 

…たとえば、最後のエピソードで同性結婚の披露宴を控えた主人公がこんな言葉を口にします。

 

勝利のなかでも、人は何かを失うわ。反逆者、破壊分子、アウトローだって感覚を。

 

外野なのに恐縮ですが、これ、なんとなくわれわれ腐女子の状況にも当てはまる気がしました。同性愛が受け入れられていくにつれて「禁断の」という切り口は成立しなくなり、BL的表現もありふれて特別なものはなくなっていくこと。日陰の花を隠れて愛でるような感覚や、独特の緊張感のある美的感覚が薄れていくこと。いい悪いは別にして――というか、美的な問題としてはいいも悪いもないし、当事者の方たちとはまるで違う切り口で見ていることは承知の上で書きますが――皮肉にも「失う感覚」があることは重なるなあ……と思いました。

 

でもそうやってフィクションの題材として見る場合は、立脚点や時代設定を変えることで違うものを表現することは可能なわけです。「解釈」は「現在」の影響を受けて微妙に変わっていくとしても、JUNE/BL表現の選択肢は広がったのかもしれません。あるいは垣根がなくなっていき、ジャンルの境界がますますあいまいになっていくのかもしれませんが。個人的には特化したBLより境界的アプローチが好きなので、そういう流れは歓迎しています。

 

…うちの本をお読みいただいている方はお気づきかもしれませんが、現在kindleで配信中の小説はすべて、イギリス人のキャラクターを主人公として、男性同性愛がなんらかの形で絡むものです。(「ほとんど」だと思っていましたが「すべて」だと今気づきました!(^^;))必然的に、Queersで触れられているトピックをいくつか取り込んできました。そして意識したわけではないのですが、リリース時期を下るにつれて時代設定が現在に近づいてきました。(違法時代の『追憶のシャーロック・ホームズ』から始まり、同じ19世紀の『王殺し』、1970年代の『脳人形の館』と来て、現行のイアンシリーズは現代です)このタイミングで手に入ったこの本は宝物です。大いに学びたいところでアリマス。

 

これから読もうと思っているのは五本目の"I miss the war"(あの戦いが恋しい)。主人公は60代のゲイの男性で、時代設定は1967年。イントロダクションによると、合法化を必ずしもすべてのゲイが歓迎したわけではなかった、という切り口のお話だそうです。これはゲイティス兄――私より8ヶ月「お兄さん」です――がロンドンに出てきた当初にゲイ・パーティーで出会った人をヒントにしているそうです。

 

Queers: Eight Monologues (NHB Modern Plays) 

 (上記リンク先はkindle版。商品ページのペーパーバックへのリンクがなぜか別の本になっているので、
ペーパーバックのページにもリンクしておきます。→Paperback版

 

表紙左下のラッセル・トーヴィーさんは、SHERLOCKシーズン2の『バスカヴィルの犬』で
ヘンリー・ナイト役をやっていました。今回は六本目の"More anger"を演じてらっしゃいます。

 

ササヤカな夏休み/古本話とコミティアの予定

巷はお盆休み。特に出かける予定もないので、半分翻訳仕事、半分自分の原稿、といつも通りな土曜日です。

 

今日はあまり暑くなかったので、仕事をしていた喫茶店から夕方足を伸ばしてブックオフへ。今やってることとはまるで関係ない掘り出し物を三冊ほどゲットしてきました。すべて108円で締めて324円ナリ。

 

ここはちょくちょく行くブックオフで国道沿いにあるのですが、最近そこへ行くいい感じの別ルートを開拓しました。国道と付かず離れずながら緑が多い、川沿いの道です。

 

地区センターの小さな子供プールが賑わってたり、散歩している人もちらほらいたりで夏休み感満点。そこをアイスを食べながらのんびり歩いて帰り、トータル一時間ほどの夏休み気分を味わってきました。(…あんまりふだんと変わらないような?(笑))

 

写真が本日の掘り出し物。特に嬉しかったのは真ん中の『世界怪奇実話集』です。これは社会思想社さんという、今はなくなっている出版社の「現代教養文庫」というシリーズで、この文庫好きなんです♪

 

リアルタイムにもいくつか買っていたんですが、最近は古書で見つけるとちょこちょこ買っています。今回のは怪談系かと思いきや、「洋上の幽霊」という章になぜかバミューダ・トライアングルの話も入ってたり。時代感もあって、目次を見るだけでワクワクします。(笑)

 

今回のようなミステリアスというか超常現象系というか、そういう小話集(?)が「ワールド・グレーティスト・シリーズ」というシリーズになってるんですよね……なんて素敵なシリーズ名!(笑)以前同シリーズの『未解決事件19の謎』というのを買ったんですが、短い実話がいくつも入ってるので、寝る前とか合間とかにちらっと読むにはうってつけなんです。今回のは1つ1つが短そうなので、これまた重宝しそうです♪

 

『芥川龍之介の世界』はなんとなく手に取り、芥川龍之介は好きなので買ってきました。生涯が書かれた評伝のようです。

『孤独なスキーヤー』は、以前ここでいくつか作品をご紹介したハモンド・イネスの本です。これも冒険小説で、あらすじを見たら――「第二次大戦直後のロンドン、復員兵のブレアは、映画監督になった元上官と偶然再会」。アルプスのとある山荘にシナリオライターとして行って出入りする人物を見張ってほしいと頼まれ、しかもその山荘はナチ戦犯がらみ――なんだか面白そうです! アレコレの合間に少しずつ楽しもうと思います❤

 

*      *      *

 

さて、来週8/20は同人誌イベントに出展します。新刊は気軽な洋画レビュー集コピー誌の予定ですが、イアンシリーズの紙版を含め、オリジナル系の同人誌をメインに持参します。恒例のイアンシリーズ短編2種コピー誌無料配布も予定しております。今回の配置はわりと入口に近くてわかりやすい場所なので、おついでがありましたらぜひお立ち寄りください。

 

コミティア

配置ナンバー: う01a 

サークル名: SUSSANSAP(サッサンラップ)

 

現在、レビュー本の特集記事で『メッセージ』の原稿を書いております。原作者テッド・チャンの大ファンなので、主に映画化にあたって変更・工夫された箇所について掘り下げています。(入れたいものが多くてちょっと困ってます。間に合うといいんですが(^^;))

 

*      *      *

 

というわけで、このところイアンシリーズの次作の準備は中断していますが、これがひと段落したらまた戻ります。(待っててねイアン❤)

 

…夏休みに入ってから、『追憶のシャーロック・ホームズ』を中心にご購読が少し増えていて、嬉しく思っています。ありがとうございます。涼しいところで冷たいものでも飲みながら、のんびり楽しんでいただけたら幸いです。

家族とは/『キッド――僕と彼氏はいかにして赤ちゃんを授かったか』感想

アメリカのゲイのカップルが養子縁組をするまでのノンフィクション。コミカルなタイトルが表す通り、中の文章もかなりコミカル(でシニカル)。シリアスなネタも下ネタも、カジュアルにツルツル読める文章です。遅読な私が二日で読んでしまいました!(笑)

 

読んだきっかけはもちろんゲイのカップルについてのリサーチだったんですが、それ以上に「なぜ子供がほしいのか?」も興味がありました。自分自身にそういう願望がまったくないこともあって、ゲイのカップルが「わざわざ」子供をほしがるという心理が知りたかったんです。

ゲイのノンフィクション本のオファーがあり、売れる題材を考えていてコレだと思ったとも書かれているんですが、もちろんそれは冗談。本の企画を考える前から、もっと言えばここで出てくる「彼氏」とつきあい始める前から、この筆者はゲイとして子供を持つための画策(レズビアンの女性と組んで子供を持つ計画など)をあれこれしています。その理由はいろいろ書かれていますが、どこまでが本気なのか、冗談なのかわからない。もしかしたら、「なぜほしいのか」はほしい人にとってむしろ自然なことで、説明しようがないのかもしれないな、と思いました。自分も別のことで「なぜ?」と言われたら説明できないけど欠かせない、というものはありますもん。

 

本の中では、子供をほしがっているヘテロのカップルとの違いが浮き彫りになるところがあり、これもなるほどそういうものか、と思いました。ヘテロの夫婦が養子を求めるまでには、不妊治療など長く苦労を重ねているので、「これが最後の望み」という感じなんですね。それに引き替えゲイのカップルは「不妊」であることが前提……この辺も改めて考えたことがなかったことでした。

 

一方で、なぜ子供をほしがるのかまったく理解できないという女性もいたり、中絶についての白熱した議論をゲイの男性同士がしていたり……というところも出てきて、いろいろ視野が広がりました。特に後者については、自分が絶対に当事者とはならない人たちが議論しているのを、女性たちは距離をとって関わらないようにしていた、という描写があって妙に印象的でした。当事者でないところで議論が白熱する、というのはいろんなところである構図かもしれないなあ……なんて思いました。

 

このカップルが申し込んだ養子縁組はちょっと変わっていて、「オープン・アダプション」というもの。生みの母親が養子を希望するカップルのなかから子供を託すカップルを選び、面談などを重ねて双方同意したら生まれた子供を渡し、その後も定期的に子供に会ったり、成長の様子を報告してもらったりしていくものだそうで、子供も自分の生みの親を知ったうえで育ての親と一緒に暮らしていく、というシステムだそうです。従来方の養子縁組は、子供には養子であることや生みの親を知らせず、大人になってからそれを悩んだり、生みの親を探したり……という話を聞くような気がしますが(もっとも自分が知っているのは映画などに出てきたケースなんですが)、オープン・アダプションは「家族の定義そのもの」が拡大している感じがして、これまた興味深かったです。

 

子供を養子に出す側、というのも想像ができていなかったところで……若くして予定外に未婚の母になってしまって育てられないとか、そういう(自分の目には)「別の問題」だと映っていたことがダイレクトにつながっているのでした。これも読むまで意識できなかったことでした。今回の本に出てくる生みの母親はまたちょっと特殊なライフスタイル(ガター・パンクというそう)で、放浪するので連絡をとることさえひと苦労です。彼女はゲイのカップルを育ての親に選んだ理由を、嘘っぽくなかったからだと言います。この本を書いた「僕」と「彼氏」以外の養子縁組希望カップルはすべて中流の白人夫婦だったそうで、逆に言うとそういう人たちを「嘘っぽい」と感じてるんですね。ちょっとわかる気がする。スゴク愛想のない子なんですけど、その辺も興味深かったです。

 

この本を書いたダン・サヴェージはセックスお悩み相談コラムで売れているライターさんということなので、文章のトーンがコミカルなのはそのへんの「芸風」なのでしょう。かなりシリアスな問題がたくさん出てくるんですけど、おかげで読みやすくなっています。

 

この本の原著は1999年の本で、状況はその後かなり変わってきていると思います。アメリカでは同性婚も合法になりましたしね。このカップルと子供のその後は『誓います――結婚できない僕と彼氏が学んだ結婚の意味』という本で語られてるそうなので、そちらも読んでみたいです。

横浜古書店散歩とポケミスの「ホモセクシュアル探偵」ブランドステッター・シリーズ

(先日古書店散歩したときの記録にリンク等を加えたものです)

 

2017/06/06 15:43

馬車道のカフェでポメラで書いています。今日はぽかっと時間が空いたので、ちょっと前から気になっていた黄金町(こがねちょう)~伊勢佐木町(いせざきちょう)界隈の古書店散策に来ました。このあたりは以前は映画館がたくさんあって、古書店もついでによく回ってたんですが、ネットで調べたら知らなかった店もあったのでいつか行ってみようと思っていました。ちょうど曇って涼しくなり、歩き回るには最適です。(文末に地図も載せときますね)

 

さて、今回はほしい本がありました。それが最近読み出したポケミスのブランドステッター・シリーズ。残念ながら邦訳は絶版で古書を探すしかないのですが、デイヴ・ブランドステッターという保険調査員が主人公の「ホモセクシュアル探偵」シリーズです。知った経緯はまったく別の方向で、今はまっているレトロ狙い(60~70年代あたり)とイアンシリーズの遠回しな資料漁りで、同じポケミスの『冷戦交換ゲーム』というのを図書館で借りて読んだとき、巻末の既刊紹介に「話題のホモ探偵」とかいう(うろ覚えですが)紹介文を見つけたのです。『冷戦交換ゲーム』は今も刊行中ですが、図書館の本は初版でだいぶ古く、当時たぶん「ゲイ」という言い方は一般的でなかったからこういう表現なんだろうな……と思ったんですが、のちに作者がゲイという言葉が嫌いだったと判明。

 

で、読んでみたらとても好みで。主人公のデイヴはすでに四十代なかば。今で言うオープンなゲイですが、原書の刊行は1970年で、デイヴは第二次世界大戦に従軍していた世代です。私生活のあれこれ――長年暮らしていた恋人との死別、新しい恋人とのうまくいかない関係など――が調査の合間に描写され、かつ扱う事件にも同性愛者が絡むのですが、ことさらセクシーなシーンは強調されていない印象です(今のところ)。むしろヘテロ男性が主人公の探偵小説で描かれる女性絡みのシーンよりあっさりしてるくらい。デイヴは「大人」で落ち着いていて物言いがそっけなく、容姿はあまり描写されませんが、「エレガントな」瘦せ型だそう。かっこいいです。地の文はデイヴの観察眼の反映なのか「目に見えるもの」をすごく細かく描写していて、ジャンルとしては「ハードボイルド」なんだそうです。詳しくないので「これがそういうものなのか」と思いました。

 

この「主人公が同性愛者であることがごく自然に描かれている」ところが自分のやりたい方向と合っていて、すごく興味をそそられましたし、読みやすくもありました。(イアンシリーズはBLとブランドステッターの中間くらいでいけたら理想です)しかし「主人公がオープンなゲイで中年のハードボイルド探偵小説」。そういうものがすでに70年代に書かれていたんですね。自分にとってはちょっとした発見でした。でもその後、アマゾンでこのシリーズを検索したら、「この商品を買った人はこんな商品も買っています」に翻訳もののBL・MM小説が並んでいて、ああ、この系統が好きな人には定番だったのね……と遅ればせながら知ったしだいです。

 

まだ読了したのは2冊だけですが、シリーズは全12冊。最初に読んだのは邦訳では一冊目の『死はつぐないを求める』でした。保険調査員なので生命保険の支払い請求に応じて死因を調べに行きます。(これは毎回このパターンらしい)このときデイヴと一緒に暮らしている相手とは、互いに前の恋人と死別していて、その面影を相手に見ているところからギクシャクしてくるんですね。原題の『Death Claims』は保険会社の「死因調査部」の意味もあるそうで、内容に照らすと直訳の「死は求める/死が当然のものとして所有権を主張する」から、邦題のイメージ――「死んだ恋人」の存在感ゆえの苦悩――と、デイヴの仕事である死因調査の掛詞になっています。メインストーリーは仕事の事故・事件の調査のほうですが、やはりキャラの心情は裏のメインディッシュですよね。すごく繊細な感覚があっさりと描かれていて好みなんですが、そのわりにどうも過去の説明がはしょられすぎだなあ……という印象がありました。調べてみたら、じつはこの作品は原書ではシリーズ二冊目なのでした。で、それを読み終わりかけてた時に黄金町近辺の古書店(『サラエヴォの銃声』を見に行ったあとに見つけた川崎書店さん)でこの作品を含むシリーズ三冊を見つけ、次に一作目にあたる『闇に消える』を読みました。デイヴの過去がわかってより面白くなってきました。やはり順番通りに読むべきかもしれません。

 

そういうわけで、今日はこのシリーズ……できれば次に読みたい三作目の『トラブルメイカー』が見つかれば最高、という感じで来たんですが、なんと!今日見つかったのはこの『トラブルメイカー』のみでした! それも最初に行った紅葉堂長倉屋書店さんで見つけました。当初は存在も知らなくて行くリストに入っていなかったお店ですが、今朝「行って休みだったら泣くなー」と思って確認ついでに検索していて、近くにあったここをリストに加えたのでした。ただ、ポケミスが一つの棚丸ごと占領していたのは嬉しいんですが、配置がなぜか18禁エリアにかけられたカーテンの真ん前で、角度がついているので棚を見てると18禁エリアをカーテンの隙間からのぞくようなかっこうになるんですよ。実際に中が見えるし(^^;)。中におじさんがいてすごく気まずかったけど、がんばって棚の背表紙すべてに目を通した甲斐がありました。もう今日は呼ばれたとしか!(笑)ちらっと読んだところですが引き込まれてます♪

 

さて、これまで読んだ二冊の巻末解説によると、作者のジョゼフ・ハンセン(1923~2004)は妻帯者……というので、てっきりヘテロかと思っていました。でも英語版Wikiを見たら奥様はレズビアンだったそうで、「たまたま互いを愛したゲイの男と女」なんだそうです。(前述の通りご本人はゲイという言葉がきらいで、自分のことは「ホモセクシュアル」と言っていたそう)お子さんも授かっていらっしゃいますが、奥さんのほかに長い交際をした男性の恋人が二人いたとのこと。…なるほど、と思いました。作中で「ゲイの男性と結婚した女性」というのがごく自然に出てくるんです。それが別に偽装結婚ではなく、本気で愛してるんですね。だからこその葛藤も淡々と説得力がありました。ハンセンはハリウッドで最初のゲイ・プライドの計画にも協力したそうで、その方向でさまざまな活動をなさった方のようです。(ワシントンポストの訃報記事"Joseph Hansen; Created Gay Detective"参照)

 

そんなこんなで、久々に小説ではまれるものに出会ったので、良いモチベーションも得ました。もしイアンシリーズの商品ページにブランドステッター・シリーズが表示されてくれたらもう最高じゃないか、一緒に読んでいただけるくらいにがんばりたいなあ……なんて新たな目標に。(笑) とはいえ、邦訳のkihdle版は今のところないので、ちと見果てぬ夢です。でも好きなものにははびこってほしいので、kindle化希望ボタン押しときます!(紙の復刊よりはコストかからないはずだし!!)

 

 

一冊目の『闇に消える』にリンクしておきます。よかったら「kindle化リクエスト」に清き一票を。(笑)

 

…で、今日買った本は結局『トラブルメイカー』だけです。でも大満足。ぶっちゃけこのシリーズはアマゾンのマーケットプレイスでも手に入るんですが、たとえ1円でも送料入れると258円になっちゃうんですよね。この前見つけた三冊が100円だったもので(笑)、そのあたりで見つからないかなあ……と思ったのと、なんとなく「足で探したい」タイプの本なのです。すぐほしい、というのではなく、少しずつ見つけて読んでいきたいなあと。手に入れた本はかなり日焼けしてますが210円だったので、散歩全体が楽しかったことも考えたら電車賃入れても(笑)大満足でした。

 

*      *      *

 

もともと伊勢佐木町近辺は「レトロモダンで昭和感のある映画の街」として好きだったんですが、大きな映画館がなくなってからはあまり来なくなっていました。でも最近またジャック&ベティさんで時々映画も見るようになったし、これまでは神保町まで行かないと見られないと思っていた「古書店らしい古書店」が近場に複数あるとわかったので、ちょくちょく気晴らしに来たいなーと思います。休めるカフェもあるし、横浜駅周辺がごちゃごちゃしてるのに比べると、ずっと落ち着けて好きな街です。新しく工事をしている店をたくさん見かけたので、またどんどん変わっていくのかもしれないですね。レトロなところは残してほしいものです。

 

お土産に買ってきた花見煎餅。横浜名物の一つです。

  

 

*      *      *

 

 

以下のページを参考にさせていただきました。

 

伊勢佐木町には古書店が多いの?[はまれぽ.com]

 

 

この地図はもうなくなってるお店も入ってるかもしれません。

(私が見つけられなかっただけかもしれませんが……)

 

 

Google Map 「伊勢佐木町 古書店」検索結果

 一部「横浜関内周辺古書店」にないお店も出ています。

『第一次世界大戦はなぜ始まったのか』と『サラエヴォの銃声』

イアンものの肥やしに、相変わらずヨーロッパ近代史(現代史?)を漁っております。そんななかの拾いもの。本と映画のご紹介です。

 

『第一次世界大戦はなぜ始まったのか』

 

まずは『第一次世界世界大戦はなぜ始まったのか』。今の興味とドンピシャのタイトルなので購入しました。これ、買ったあとにアマゾンのレビューを見たら低評価が多めでびっくりしたんですけど、内容が悪いというより、「素材を素材のまんま印刷しちゃった」感じなんですね。なんというか、食べやすい大きさに切るとか、食欲が湧くように盛りつけるとかがされてない。レビューでも編集がやり玉に挙げられてますが、その通りだと思いました。

 

原稿執筆から体裁のデザイン・広告までやらねばならない一人出版社状態の身としては、文章を読みやすく整えるくらいは著者の仕事ではとも思えるのですが、著者がホームページに掲載していた文章をまとめたものらしい、とレビューで指摘されてるので……ここからは想像ですが、もしも「このコンテンツ、本にしませんか?」「いいですよ」程度のやりとりで突貫工事でできた本だとしたら――というのは、奥付を見ると第一次世界大戦100周年にばっちり合わせたタイミングで出ているんですよね――そのマーケティング的な都合で、結果双方がタッチしない、責任と責任の狭間の真空ゾーンができてしまったのだとしたら(こういうことは組織の仕事ではよくあるんですけど)、あまりにも素材が勿体ないし、著者に責任を問うのも酷ですよね。とにかくプレゼンテーション――盛り付け方って大事だな、と思いました。本もお料理と同じですね。

 

なんかへんな切り口から入ってしまいましたが、内容は今まで知らなかったことがいろいろ書いてあるし、レビューの一つで提案されてる通り、しっかり編集作業をしたら魅力的な本になったのではと思います。それと、面白い箇所がじつは話が飛んでるところなんです。いきなり帝国主義時代の日本との比較が挟まってたりするんですけど、そのへんのアナロジーこそがオリジナリティを感じるところだし、「へええ!」と「掴まれる」ところなので。ただ、通史として読もうとしているといきなり話題が変わるので面喰いますね。あと、固有名詞の説明が少ない。ここはやはり編集しだいでしょうね。

 

 

自分はレビューを読んである程度覚悟したのもあり、多少とっつきづらいのは仕方ない、と思って、電子辞書(ブリタニカ百科事典が入ってます!)と地図を傍らに置いて、一番興味のわくところから読み始めました。そうしたらわりと面白く読めてます。ただし、微妙に文脈がわかりにくいところも自分で脳内補完しながらです。

 

文章自体が読みにくいと感じるのは、文と文をつなぐ接続詞などが乏しくて文脈がとりにくいところがあるためです。これ、英文を直訳した感触と似ていて。…翻訳の参考にしている『英日実務翻訳の方法』(これはまたおすすめの本です!)に、英語を指して「文間が広い」という表現があるのですが、それとまさに同じことです。「………。というのは、………だからである」みたいに流れを示す言葉がほしいところで、それがない。「………。」の部分だけが連続している感じなんです。それで、文脈は自分で考えなければならない。ちなみに上記の翻訳教本では、日本語は「文間」が英語より狭い言語なので、その接続詞なり、文脈を示す表現なりを補完するのが和訳の重要な仕事として書かれています。なるほどと思います。

 

話が飛んじゃいました。(^^;)で、興味はもう開戦直前の「サラエボ事件」なので、いきなりそこから読みました。セルビア人の青年が、オーストリア皇太子を暗殺した事件です。一次大戦のきっかけとしてよく言及される事件ですが、この本で初めて詳細、特に犯人とそれに至る背景について知りました。教科書的な文章では「セルビア人青年」としか書かれないこの人物、当時まだ19歳で、名前はガブリロ・プリンチップといいます。陰で糸を引いたとされるのが「黒い手」という秘密結社。他に失敗した実行犯もいて、見届け役以外は未成年。捕まったときの極刑を避けるためだったらしいのですが、プリンチップは獄中で病死(あるいは拷問死)したそうです。で、ここから『サラエヴォの銃声』に興味がつながりました。

 

本自体はまだ読了していないのですが、サラエボ事件のところを読んだあと、結局は最初から――1848年のパリ二月革命から書き起こされてるんですが――読んでいます。やはり流れを知るには必要で、むしろここから始まるのは丁寧なんじゃないでしょうか。同じ著者の他の本は評価も高いですし、つくづく本としての仕上げがイマイチなのが惜しまれます。

著者は一時大戦をテーマにしたホームページを持っておられるので、リンクを貼っておきます。軍事史がご専門だそうです。

 

別宮暖朗さんのホームページ『第一次大戦』内・「このサイトの構成」
フロントページからはリンク切れが多いので、まずはこちらを。まだチラ見ですが、ほんとにすごい情報量です。

 

第一次大戦

フロントページはこちら。ひょっとして、リンク切れになってるページは本のコンテンツとして提供されたため非公開になってるのでしょうかねぇ……?

 

 

『サラエヴォの銃声』

こちらはテレビで知って、サラエボ事件の実行犯プリンチップ――映画での表記は「プリンツィプ」――が大きなモチーフとなっている映画ということで興味がわいて見に行きました。とはいえ、大戦時の時代ものではなく現代ものです。

 

舞台はサラエヴォ(ここから映画に表記を合わせますね)にある、第一次世界大戦100周年の記念式典が行われるホテル。ここの屋上で、テレビ用のインタビューの収録が行われています。歴史学者等が出てきてサラエヴォの歴史を総括してくれますが、この学者さんたちは俳優さんではなく本人として出ていたんじゃないかと思います。そして

「ガブリロ・プリンツィプはテロリストか、それとも英雄か?」

という命題が提起されます。そこへインタビューを受けに現れるのが、当のプリンツィプの子孫で同じ名前を持つ男性。インタビュアーの女性は民族的出自等で彼とは対立する立場にあり、激しい口論が展開されます。

 

一方、同じホテルの中では別のドラマが同時進行します。このホテルは記念式典の要人を迎える場所ですが、じつは経営は傾いていて、従業員は二ヶ月も給料を受け取っていません。そして式典当日にぶち当ててのストライキが計画されます。自分も給料はもらっていないと説得したり圧力をかけたりする支配人、美しい受付主任嬢、彼女に惚れている厨房の男性、彼女の母であるクリーニングのおばさん、そして地下の怪しげなクラブを仕切るやくざ者、ホテルに宿泊するフランスのセレブ――さまざまな人物のドラマがつながっていきます。

 

でも、自分が一番惹かれたのは、先ほど書いた「ガブリロ・プリンツィプ」とインタビュアーの女性のスリリングな関係の変化でした。口論の末、ずっとあとになって、ガブリロがインタビュアーの女性に「プリンツィプはテロリストか、それとも英雄か」の質問を改めてすると、彼女は二者択一から離れてこんなことを言います。彼は理想に燃えた青年だった、と。

 

利害や信条で自分と対立する人物に対して、みんながこういう視点を持てたらどんなにいいでしょう。…しかし、これで二人が歩み寄るかと思いきや、ことはそう簡単には運びません。そしてラストは……もちろんここには書けませんが、子孫である男性が「ガブリロ・プリンツィプ」という名前を持つこと(この子孫のキャラクターは架空の人物とのこと)で重層的な意味が生じ、寓話のような、現代ものでありながら古典劇のような――ある種の味わいがありました。映画として「そうくるか」という虚を突かれた展開でもありました。ほんとに見事。そして現実を映している。こんな作品が作れたらなあ……と思います。

 

前述の『第一次世界大戦はなぜ始まったのか』では「黒い手」とされていた組織が、「黒手組」として冒頭の学者らのインタビューで言及されます。そしてサラエヴォの支配勢力が変わるごとに皇太子暗殺現場が意味を変え、記念碑の語る内容も二転三転してきたことが語られます。皮肉だけれど、この「状態」こそがヨーロッパだ、とも感じます。字幕ではホテルの名前は出てきた記憶がありませんが、パンフの写真を見ると名前は「ホテル・ヨーロッパ」。やはり寓話的です。

 

題材から社会派ともいえますが、とにかく作劇がとても見事な映画でした。正直、冒頭の史実の総括では知らない固有名詞がたくさん出てきて、この地域の歴史に詳しくない自分にはついていけない部分も多かったです。それでも、それが気にならなかったのも事実です。理由は、「出てくる人物同士の関係」がわかるようにシーンが作られているからです。説明するのではなく、見せるのです。優れたフィクションはここがきっちりしています。自分が創作する場合でも押さえたいポイントだと思っています。もちろんこういった題材の映画は、史実に明るければより深く、別の切り口でも味わえるでしょう。でも映画は(映画に限らず創作作品は)鑑賞者の知識を試すトリビアテストではありません。鑑賞するうえでは、史実の勉強ではなく人物の力学こそが主題で、優れた作品ではそこにより大きな構造が二重写しになり、その広がりを「感じ取らせてくれる」のです。そこが醍醐味だと思います。

 

ほんとにおすすめの一本でした。機会があったらぜひ。

 

『サラエヴォの銃声』公式サイト

 

*   *   *   *   *

 

この映画を知ったきっかけは、毎朝見ている『キャッチ!世界のトップニュース』の「映画で見つめる世界のいま」というコーナーでした。国際政治学者の藤原帰一さんが月に一回、二本の映画を紹介しています。社会派系が多いですが、『ラ・ラ・ランド』(未見ですが)も現代のアメリカに流れる「現実を離れたい」気分の反映、という切り口で紹介されてましたし、以前にはエドワード・スノーデンくん(ええと、ファンなのです❤)の映画も紹介されたりで、自分にはお花畑のことも多いです。(笑)

 

ここからは余談ですが、スノーデンくんの映画についてツイートしたときに、上記の藤原さんのアカウントからフォローをいただきまして、Twitterをなさってることを知りました。以来フォローさせていただいてます。先日は『ムーンライト』の感想をつぶやいたところ、これも以前紹介されていたせいかリツイートして下さって、翌日RTや「いいね」がいくつもついていたのでびっくりしました。(時々伝播力のある方に発言を拾っていただくと、こんなことになるのがTwitterの面白いところです。逆に言うと独り言のつもりで無責任なことは書けない場でもありますね)接点がなかった方々に書いたものが届いて、反応を頂けたのは素直に嬉しかったです。

 

うちでとってる新聞にも月一回くらい政治ネタのコラムを書いてらっしゃって、以前から拝読していました。国際政治学者の肩書は大好きなE. H. カーせんせとも通じるのでちょっと憧れます♪(笑)Twitterはあまり覗けていないのでかなり見逃してると思いますが、映画の話以外に国際政治関連の海外記事紹介もなさってるので、そのへんにご興味がある方は参考になるかもしれません。

 

藤原帰一さんTwitterアカウント

 

 

…そういえば、イアン周辺のリサーチで海外の歴史学者さんのプロフィールをWikiを頼りに読んでるのですが、現代史を扱う歴史学者さんは政治学を兼ねるケースがわりと多いような……(カーせんせが両方の肩書で紹介されるので、脳内でそんなイメージになりがちなのかもですが)……でもこれは必然かも。現代の世界史を考えるなら政治状況はその柱ですし。イアンは二十世紀前半のヨーロッパが専門という設定なので、リアルタイムのニュースをどういうアナロジーで見るかなあとか、ライターとしてのどういう仕事につながってるかなあ、というあたりを想像しやすくなってきました。BL系ではありますが、いただいたご感想を拝見するといろんな切り口で読んでいただいてるので、リアルの取り込み方も工夫したいと思います。とはいえ、肝心なのはメインストーリーですし、トンデモネタと絡めるシリーズですので、本末転倒にならないようにがんばらねばです。

 

…ということで、資料話としてオチをつけて終わります☆

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無料で古本アタリ日❤(ハモンド・イネス『銀塊の海』ほか)

先日、自宅と図書館のリサイクルコーナーで古本の掘り出し物をゲットしました! 自宅なのに「掘り出し物」なのは、文字通り『掘り出した」から。まずはそのいきさつから……最初は災難でこざいました。(^^;)

 

開かずの本棚から

 

じつはとある漫画を読み返したくなって、木製のスライド本棚の最前列(3列式の前列)を動かしたところ、棚がズレてしまったんです。無理に動かすとザリザリ通り道が削れて……結局完全に動かなくなってしまいました(涙)。で、一念発起して大掃除・復旧させたところ、長いこと「開かずの間」だったエリアからいろいろ発掘したわけです。今古書で見かけたらうっかり買いそうな本ばかりだったので、数千円分得したようなものです! 全部自分好みだし!(自分で買ったんだから当たり前!)

 

写真は発掘品からいくつか。てっきり処分してしまったかと思っていたものも見つかりました~☆

 

なぜ「開かずの間」になっていたかと言うと……部屋が狭いので本棚の前にもキャスターつきの引出なんか置いておりまして、さらにその上にいろいろ荷物が重なってるんですね。なので、棚の下半分のもの、特にスライド式の最前列のものは、その前の家具を動かさないと見ることもできない状態が10年以上続いてました。それを今回動かしたわけでした。いやしかし、見られないんじゃ持ってないのと変わらないですね。つくづく。うちにあっても出せなくて図書館で借りる資料が時々あるので、なんとかしないと!(^^;)

 

↑反省はともかく、発掘作業のきっかけになったのがこの江戸むらさき特急。(お、kindle版出てるんですね!)時代劇ネタの(と言っていいのか?(笑))ナンセンスギャグ4コマ漫画です。先日ほりのぶゆきさんの新刊情報をツイッターで拾って、懐かしくなっちゃいまして……。これ自体は奥の列の上段にあったので見えていたんですが、取り出すために最前列を動かして大惨事となったのでした。でも結果的によかったです。(笑)


見つかって一番うれしかったのがこれ、イギリスの冒険小説家ハモンド・イネス『銀塊の海』。日本での刊行は70年代あたりなので、表紙の時代感もたまりません。大昔に父の棚から奪った記憶があった本で、思い出して探したものの見つからず、処分してしまったものと諦めていました……こんなところにあったとわ。よかった、買いなおす前に見つかって……(真面目に買おうと思ってました!(笑))。

 

ハモンド・イネスについては、小説の参考にと読んだ『北海の星』の感想を以前アップしています。あ、その時にも『銀塊の海』にちらっと触れてますね(笑)。(「意外やテーマは自分探し?/70年代北海油田冒険小説『北海の星』」)…すでに故人ですが綿密なリサーチをする作家さんで、六カ月リサーチ、六カ月執筆、というペースだったそうです。今回見つけた『銀塊の海』はさわりを読んだところ二次大戦ものです。たしかイネス自身従軍経験があるんですよね。リアルな描写が期待できそう。

 

…じつはイネスの別の作品『海底のUボート基地』(さらっとすごいタイトル!(笑))というのをその直後に入手しまして、そちらを先に読んでおります。なので銀塊のほうはあとになりますが、読むのが楽しみです♪ Uボートのほうは他のイネスの作品とちょっと感触が違うようです。原書が刊行されたのが第二次世界大戦中とのことで、リアルタイムの心理描写なども興味深いです。こちらはまた、機会があったら改めて。

↑こちらは通販でゲットした『海底のUボート基地』。嬉しくてC-3POと一緒に記念撮影しました。うちで発掘したのよりよっぽど美本でした~。(笑)表紙イラストは『銀塊』と同じイラストレーターさんみたいですね。いいなあ、こういうイラスト❤

 

以下は懐かしいのをいくつか。


"Dale Cooper: My life, My Tapes"海外ドラマ『ツインピークス』の関連書で、『クーパーは語る』の邦題で文庫が出たものの原著。カイル・マクラクランが演じた変わり者のFBI捜査官、デイル・クーパーが自分の過去を語る……というもののようです。(読めてないのでレビューを参照させていただきました(^^;)。ダイアンて過去の女性の名前なのか……テープレコーダーに名前つけてるんだと思ってた☆(笑))

 

当時ペーパーバックなんて読みこなせるはずもなかった自分ですが、カイル・マクラクランには御多分に漏れずハマりましたので、まあ勢いで買ったんでしょうねえ……。現在マクラクランさんと、脚本・製作だったマーク・フロストさんをツイッターでフォローしているのですが、五月に続編が放映されるそうで楽しみです。この機会に懐かしさでこの本にも再挑戦できるかも。(笑)


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正統派(?)古本屋さんと「昔の新書」

正統派(?)古本屋さん

 

書きかけのまま、なかなかアップできなかった記事です。(^^;)もう先月のことになってしまいましたが、自宅から歩いて30分くらいの、しばらく(ウン十年くらい?)行っていなかった辺りに散歩に行きました。あまり人けがないところですが、昔おいしくて安価なパンとケーキのお店があったんです。で、それを目的に(笑)。でもショーケースは空だし、店員さんもなく、なんだかごちゃっとしていたので……「閉業準備?」と落胆。…あとで「午前で商品がなくなる人気で、午後に行ったためスッカラカンだった」ことが判明しました。(今度リベンジします!)

 

で、その二、三軒隣に、記憶になかった小さい古本屋さんがありました。なんとなくで入ったのですが、これが掘り出し物のしっかりした「古書店」! 今よくある「リサイクル書」ではありません。「古書」です。神保町の専門店にあるような意味での「古書」。ものすごく敷地が狭いので本は少なかったですが、専門書のジャンルの分け方、その内容など少数ながら本格的で、「古書店の空気」を一瞬吸えた気が。こんなに近くにこういう場があったとは…!と嬉しくなりました。ブックオフ系ならあるんですけど、やはり雰囲気違いますもんね……。で、隅から隅まで見て、ちょうどそのとき探していた古い新書があったので購入。200円ナリ。(写真がそれです。良書なのでのちほどご紹介します♪)レシートが出ませんが、と言われたのでそのまま本だけ頂いて来ました。

 

本がひんぱんに入れ替わるお店ではなそさうですが、一週間ほどしてまた行きました。今度は買うものが見つかりませんでしたが、半年に一回くらい行きたいかな。(笑) 検索してみたら、お店のHPとか情報発信はいっさいなく、紹介しているのは、各地の古書店を発掘して歩いているブロガーさんの記事だけでした。(その方も行った翌週あたりにまたなんとなく行っている。すごく気持ちわかる! 行きたくなります!)

 

そちらでも書かれてましたが、ドアを開けると付いている鈴が「チリリン♪」と鳴って、奥から品のいいおばさまが「いらっしゃいませ」と出てきてくれました。正直カウンターとの距離が近すぎて、自分は待たせているようで落ち着かなくもあったのですが、慣れてらっしゃるのか「気配の消し方」がプロでした(笑) 。シャッ、シャッと音がしていたので、本に紙やすりでもかけていたのでしょうか。

 

 

(…ちょっと話が逸れますが、こういう本のクリーニング、出版社勤務時代に返本の再生で大量にやりました。小口や天の汚れは紙やすりで、カバーはPP貼りなら水雑巾。あと消しゴムも使いました。今も古本買ったときに汚れが気になるとやってます。最近は水雑巾でなく、100均で売ってるアルカリ電解水クリーナーとティッシュです。(除菌・消臭効果も謳われてるのでただの水よりいいかなと)かなりキレイになるので、やってみると快感ですよ♪)

近辺のさびれた感じのお店も昭和の香りが漂っていて、昔行った時の懐かしさもあったので、ちょっといいタイムトラベルになりました。

 

 

「昔の新書」

 

で、購入したのが写真の『ヨーロッパとは何か』。初版は1967年という古い本です。(写真は長距離歩いて帰宅後のおやつと共に。いつもはこんなに食べないです(笑))じつはそのとき図書館で借りて読んでいて、すごくいいので買おうと思っていたところでした。(イアンシリーズの「肥し」です☆)買ったその足で図書館の本を返しに行きました。(笑) 私たちがイメージする「ヨーロッパ」(西ヨーロッパ)が、おおまかに言って大昔のフランク王国の領域であることを、その地形、民族、宗教、言語やらの特色を交えて解説しているもので、これを読んでから「ヨーロッパ」をつかみやすくなりました。(1つのまとまりというイメージと同時に、いろんな民族がいて常にすったもんだしているというイメージ)先日から読んでいた現代史の本でも、第一次世界大戦前にドイツの皇帝が支配を目指していたという「中欧(ミッテル・オイローパ)」という地域概念が出てきたんですが、地図で見るとまんま旧フランク王国の版図で、「なるほどなあ、それを『取り戻す』感覚だったわけか……」とキモチヨク理解できました。こういうのって、頭から「こうなんだよ」と聞くよりも、自分で「そうなのか」と推理・理解すると頭に残りやすいし楽しいもんですね。知識って単独の情報のことではなく情報と情報のつながりのこと、ともよく言われますが、それを作る過程が楽しいのかも。後述しますが、文章に「人間の脳みそを通った感じ」を感じるか否かもそこかもしれません。

 

最初のほうで、ヨーロッパを「ギリシア・ローマの古典文化の伝統、キリスト教、ゲルマン民族精神」が絡み合っているもの、と書かれています。ぼんやりとイメージしていたものが言語化されて、なるほど納得。ヨーロッパでは実際そう教えられている、とのことでした。で、古典時代の衰退から中世がどうなっていくか、というあたりでヨーロッパの原型を解説してくれるのですが……個人的には中世ヨーロッパにほとんど興味がなくて(^^;)、最初はちょっと読むのがしんどかったです。ただ、クリストフアー・リーの遠い祖先が「シャルルマーニュ」(=フランク王国のカール大帝のフランス語読み)だとかで、生前その名前を冠したヘビメタアルバム(というか、曲のテーマにもなっている)を出して、王冠を被ったジャケット写真を使っていたり、映画の独立プロダクションを作ったときも名前が「シャルルマーニュ」だったりした……というなけなしのイメージからなんとか興味を掻き立てることができました(笑)。

 

この読後の満足感は、新書では久しぶりでした。ちょっと思いだしたのが、以前の記事でご紹介した『読書の技法』(佐藤優著)で触れられていた、「古い新書の書かれ方」――巻末におすすめ本の紹介などがあって、「読者がこの本で完結せず先に進めるものまで入っている」――でした。私、新書のイメージってまさにこれで……なにか興味が出た分野があるときに、その入り口として一般人が入りやすいように、専門家が書いてくれている安価で薄い本。パンピーの「知りたい欲求」の良心的な受け皿……いまだにこのイメージのままです。なので、それに合うのは古めの岩波新書か中公新書くらいかもしれません。逆にイマドキの、新書に限りませんが、サクッと読了できて即ブックオフに売られそうな(失礼(^^;))本は別物に思えます。なにか「人間の脳みそを通して書かれた感覚」が薄くて。もちろんすべてがそうではないんですけど、昔の本にはそれがあって当たり前だった感じがするんです。最近60-70年代の古書をいとおしく思うのですが、この感覚も魅力の一部かもしれません。

 

今回の『ヨーロッパとは何か』には、文献紹介はありません。が、別の意味で一般人向けの配慮がなされていました。章の終わりに、その章で説明したことを改めて言い換えて理解を定着させてくれたり、あと大事なのが関連する地図をつけてくれてること。私、地理がしっかり頭に入ってないので、地名だけ聞いても「どこ?」ということが多いんです。だからある程度細かい地名が重要な本では地図帳必須です。(^^;)ましてや特定のテーマで解説されるときは、それをビジュアルで見せる地図が本にあるとないとでは大違い。おかげでそのあと「ヨーロッパ」に関するニュースや本に入り込みやすくなりましたし、それが「入りぐち本」としての満足感にもつながっていました。

 

同じテーマの本はいろいろありますが、この本の冒頭には日本人から見て「追いつけ追い越せ」の対象だったヨーロッパ、そして日本側の西欧文化の導入方法への反省、という視点での考察がありました。今に通じるところも多くて独特の価値を感じますし、やはり日本人として入りやすいところでもありました。

 

…新書や文庫の巻末には、同じシリーズの既刊のリストがありますよね。じつはあれを見るのがすごく好きで(笑)。カバーの見返しにも近いジャンルの本が宣伝されてたりして……今回は大好きなE・H・カーの『歴史とは何か』もありましたし、現在絶版で当時ホットだったらしいテーマの本も並んでいて、その時代感も楽しめました。古いテレビ番組の録画に入ってるCMが妙にいとおしい、みたいな感覚でしょうか(笑)。隅から隅まで楽しめた一冊でした。(あ、ちなみに著者は故人ですが、『ヨーロッパとは何か』は現在も刊行されています! これも納得であります☆)

 

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【お礼とご紹介】レビュー『History: 低体温男子イアン・ワージングのハロウィーン』(日本ストア)

2/4に、イアンシリーズで初めてのアマゾンでのレビューを賜りました。主人公の歴史ライターが訪ねる巨石遺跡の切り口から、シリーズにご興味をお持ちくださった方のレビューです。前回から繰り返すようですが、レビューを頂くこと自体が少ない中、シリーズ全体をご紹介くださっている貴重なレビューなので、大変恐縮ですが全文を転載させて頂こうと思います。

 

History: 低体温男子イアン・ワージングのハロウィーン [イアン・ワージングシリーズ 2]

 

 

☆☆☆☆☆ ときほぐされる不思議現象が知的好奇心くすぐり、繊細な心の動きが丁寧に描かれるシリーズの掌編

投稿者 Amazon カスタマー 投稿日 2017/2/4

  

BLにかぎらず、あまり恋愛ものを読まないのですが、(いま「それでも乏しい経験の中では○○○や△△△が好きです」と例を出そうとしてとっさに出てきませんでした……)短い中に、マジメな学問の徒である主人公の静かな情熱が繊細に描かれていて、何度も読み返すお気に入りの一作になりました。ふとしたきっかけで出会い、距離をはかりながら近づくふたりの様子と、共有できない苦悩と喪失、些細な記憶の煌めきと重さ……。

 

わたしが「イアン・ワージングシリーズ」を読んだきっかけは、むしろ主人公イアンの仕事にまつわる「ストーン・ヘンジ」「レイライン」などに興味があったからでした。妖怪や怪談は大好きですし、一時期いわゆる「トンデモ本」についての本を読み耽ったことがあります。

と、いっても、イアンはもちろんそんなものを本気にしているわけでは全然ないのです。

イアンは、歴史学の徒だが、わけあって大学の研究室を追われ、勤めていた会社も辞めてライターの仕事でしのいでいる。厳密さを尊び専門外の物事には疎く、特に怪奇趣味や超常現象には興味もないし軽蔑しているのに、しばしば入ってくる仕事はなにかとオカルトがらみ。取材で訪れたイングランド北部で知り合った地元のチャーミングな、でもレイラインやストーン・サークル研究に熱心という点で決定的に相いれない青年の家に泊まることになったり、(ネガティヴ・ケイパビリティ: 絶食系男子イアン・ワージングのレイライン紀行 [イアン・ワージングシリーズ 1])「真理の探求者」のゴーストライターをつとめることになったり(ギャザリング・ストーム: さむがり男子イアン・ワージングのゴースト修行 [イアン・ワージングシリーズ 3])……。次作では「北海に沈んだUFO」(!)の取材だそうで、楽しみです。

この短いお話が描くのはそこで語られていないイアンの過去であり、「絶食系男子」のはじまりのはじまりとも言えるハロウィーンの夜。そしてそれから十年近くがたったハロウィーンの夜。彼は過去の亡霊に再会して……。長めの作品の前日譚的要素もあるので、それらを読む前に読んでもわかりやすいかもしれません。

日本でもほんの最近、英語教室の子供たちなどばかりではなく大人にまでポピュラーになりだしたばかりのハロウィーンパーティーは、英国でも伝統ある行事、というわけでもないようです。

「現在のハロウィーンは、アメリカで発達した祭の逆輸入である。だが本来この行事は、ドルイド教の新年の始まりの儀式に由来する。……」(作中のイア ンが書いた雑誌記事より)

イアンはあの有名な映画のジャック・スパロウも知らないし、派手なハロウィーンパーティーにはなじめません。しかしそこで素敵なアメリカ人の男性に出会い……。墓石の仮装をしたおちびちゃんもとっても可愛いですよ!

 

 

*      *      *

 

何度も読み返していただいているとのお言葉、涙が出るほど嬉しいです。筆者もじつは特化したBLはあまり読まないほうなので、いろいろな切り口で楽しんで頂けるよう、及ばずながら意識して書いております。続編は少し時間がかかっておりますが、前作で心残りだった部分も改善できればと思い奮起しております。頂いたレビューはとても励みになりました。ありがとうございます!

 

イアン・ワージングシリーズご紹介ページ

 

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【お礼とご紹介】レビュー"Space Detective Holmes"シリーズ(USストア)

1月末のことですが、宇宙探偵ホォムズ英語版シリーズ2冊に、Amazon USストアにて五つ星レビューを賜りました。もともとレビューを頂くことは少ないのですが、海外ストアでは輪をかけてめったにないことなので(^^;)、恐縮ですが拙訳を付してご紹介させて頂きます。(そのほか、2/4にも日本ストアでレビューを賜りました。記事を改めてお礼とご紹介をさせて頂きます)

 

Space Detective Holmes: Squid & Watson 

 

☆☆☆☆☆ Fun and Entertaining (楽しくて愉快)

By Amazon Customer on January 27, 2017

It's a short read, but a very entertaining one. Watson had me squealing in his cuteness throughout the whole comic.

(短いけれどとても愉快な作品。ワトスンがキュートで、読んでいる間中キャーキャー言っていました)

 

 

 

 Space Detective Holmes 2: Ice Cream and Watson

 

 

☆☆☆☆☆ Cute and funny! (キュートでおかしい!)

By Amazon Customer on January 30, 2017

Funny and adorable. A lot of play on words type of humour that you can appreciate. Another thing to appreciate, the very simplistic style of art.

(おかしくて可愛い。言葉遊びがたくさん出てきて、そのユーモアは私たちにも楽しめます。もう一つ、とても単純化された絵柄も楽しめる所です)

 

*      *      *

 

単純化した絵柄は、じつはアメリカの古いアニメーションに影響を受けています。(『宇宙家族ジェットソン』の絵柄が理想の一つだったのです)そこを楽しんでいただけてとても嬉しいです。ありがとうございます!

In fact, the simplistic art style of these comics was influenced by an old American cartoon. (The art of "Jetsons" was one of my ideal styles.) I'm so glad that you enjoyed the style. Thank you so much! 

 

日本語マンガ(宇宙探偵ホォムズシリーズ、チョロQワトスン)

 

English comics: Space Detective Holmes series

 

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最近読んだ本から五冊(+三ツ矢雄二さんのお話少し)

ここのところきちんとした読書に集中するのが難しい状態が続いて参っていたのですが、ネット接続の時間を意識して制限するようになったせいか、だいぶ本が読めるようになってきました。そのなかからいくつか。

 

大事なことに集中する

ネット接続の時間を減らすのに背中を押してもらった本。自分の場合、成果を出したいとかいう以前にもう、ほんとに物が考えられないというか、まともに本も読めない状態になってしまい、ほとんどノイローゼに近い状態になってた(^^;)ので、以前個人ブログのほうでちらっと書きました『ネット・バカ』と同じ文脈で大変助かりました。(あ、今どき「ノイローゼ」って言葉はあんまり聞かないですね(笑)) 奇しくも『ネット・バカ』の原題はThe Shallows (シャロー=浅い/浅薄な)、だったんですが、この本では集中・没入するタイプの仕事「ディープ・ワーク」マルチタスクなど散漫な状態でする仕事「シャロー・ワーク」として対照させています。

 向き不向きはあると思いますが、自分の場合ディープ・ワークから遠ざかってシャロー・ワークばかりが続いていると、調子が悪くなるようです。シャローって「呼吸が浅い」という意味でも使う言葉で、まさにそんな感じで苦しくなるような。でも、最近いろんなところで目にする「ネットの弊害」を見てると、けっこうよくあることなのかも……と思います。以前やはり個人ブログのほうで、テッド・チャン氏の「ネットの影響でアテンション・スパン(注意力を維持できる時間)が短くなってる」という話をご紹介したんですけど、そういう症状は多かれ少なかれ、ネットを使う人のほとんどに起こっているんだと思います。それを不快に思わず使いこなせるかどうか、というのが分かれ道ですね。(自分は順応できてない組です(^^;)) この本の著者は学者さんなので、ライフスタイルとしてすっかり真似することは不可能なんですが、とりあえず割り切るべきところを見極めるのに役立つ本でした。(ツイッターに関しては、確かに気は散るんですけど、個人的には逆に気を紛らわせたいときとか、情報を得るとかご縁ができるとか、かなり恩恵も受けています。なので、今のところは時間制限はしつつ使いつづけたいなーと思っています。バランスのとり方模索中☆)

 

 

読書の技法

 

自分が熟知していない分野の本は速読できない、というご託宣と、「熟読」「速読」「超速読」のやり方がとっても参考になりました。しっかり読もうとすると線を引いて汚してしまうほうなのですけど、それでいいのだ、とお墨付きを頂いた感じで気が楽に。抜き書きも似たようなことを我流でしてたんですが、大きく学んだのは「超速読は熟読しなくていい本を選別するため」、という割り切った考え方。なるほど! これもなんか「買った以上全部を読了しなければ」というストレスから解放されていっきに楽になりました。佐藤優さんは池上彰さんとの蜜月ペアで「ファン向け」の御用達道具開陳本とか大人気ですね。自分はそこまでのファンではないので、蜜月対談本はたぶん過去に1冊しか買ったことがないですが、たしか中にあった「情報はできる限り母国語で取れ」とか、今もちょくちょく肝に銘じてますし、重宝な情報源として紹介されてたCNNやウォールストリート・ジャーナルの日本語版サイトは現在よく閲覧させていただいてます♪ 本の読み方の本では、他でズバリ『本を読む本』という古典的なのも以前読んだのですが、そちらも良書でした。

 

 

トロイの癒し

北アイルランド出身の詩人シェイマス・ヒーニー(1939年4月13日 - 2013年8月30日)の戯曲。ソフォクレスの作品を下敷きにしたものだそうで、毒蛇に噛まれて歩けなくなり、オデュッセウスに島に置き去りにされた男ピロクテテスの物語。リアルタイムのアイルランドの情勢などをオーバーラップさせているそうで、そのへんは注を読むとよくわかるようになっています。が、もっと一般化して恨みを乗り越えるのは自分自身の力によるとか、特に後半に出てくる警句めいたセリフがいろいろな角度で深読みできる作品でした。短いのでサクッと読めますが、時間をかけて(詩人さんの言葉ですからできれば原語で)味わえれば理想なのかも。もちろん戯曲ですから上演されたものを見られればもっと理想ですが。

 

ヒーニーさんを知ったきっかけは、たしかルイーズ・ブレーリーさん(SHERLOCKのモリー役)が引用BOTのツイートをRTしていたことで、それからなんとなくそのBOTをフォローしています。今回初めてプロフィールを調べて、ノーベル賞受賞者だったことを知りました。ぜんぜん知らなかったです。(^^;)

 

 

もういちど読む山川世界現代史

こちらは現在進行形。佐藤優さんの本で「本には読む順番がある」というのを読んで、歴史関係の本を読む際に痛いほど感じる(笑)基礎知識のなさをなんとかしたい、ということで。まずは姉妹本(?)の『もういちど読む山川世界史』から手をつけて、今はこちら。「近代世界システム」という、世界を「中心国」(西欧)と「周辺国」「半周辺国」の関係として読み解く切り口で書かれていて、『…山川世界史』が高校教科書をベースにしていたのとは違い、昔同社から出ていた現代史の単行本シリーズが底本らしいです。じつはその現代史シリーズのイギリス編がすごくよくて、図書館で借りたあと購入し、今も線引いて汚しながら読んでいるので(笑)、今回の本も信頼して読み進めてます。たしかに各国史の平行記述より入りやすいです。このへんの時代はイアンの専門領域なので、がんばって追いつきたいです。というか、楽しくなってきました。資料読みがライフワーク化してはミイラ取りがミイラなので(?)気をつけなくてわ~。

 

 

両大戦間における国際関係史

 

ファンになっているE・H・カーせんせの本を古書でいろいろ集めています(安価なものだけですが)。これはタイトル通りの本ですが、カーせんせの本としては出色の読みやすさ。こちらもイアンの領域の本なので、線で汚しつつ、舐めるように少しずつ読んでます。60~70年代の本はやっぱり時代感がたまらんです~❤(笑)

 

 

最近のトランプ氏がらみのアメリカの孤立主義化やヨーロッパの右傾化などが、一次大戦後~二次大戦勃発前(ちょうどカーせんせの本で読んでるあたり)と似た状況になってきてる、という話が聞かれます。確かに、と感じるのですが、妙なシンクロはしてほしくないものです。

 

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…ぜんぜん関係ないですが、今日テレビで声優の三ツ矢雄二さんがカミングアウト、という話題でご本人が出ていて。スラップスティック(という声優さんのアイドルグループみたいなのが昔ありました)とかの頃からそういうキャラで真正だと思っていたので、正直「ええっ、今さら?」というのが第一印象でした。が、二十代~三十代初め頃まで一緒に暮らしていた人がいた、とか堅実なお話を聞いているうちに、「キャラ」として表現することとリアルライフをカミングアウトすることはまったく別物なんだな、とつくづく思いました。今後は海外のゲイがテーマのミュージカルを日本に持ってくるようなプロデュースなどなさりたいと話しておられました。楽しみです。しかし声も見た目もあまり変わらないですねえ……62才とは驚きでした! 『コンバトラーV』とか懐かしい……!

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