第一幕 ドイル文書

[第5回]古本屋ペガス

 作家・詩人のフェイ・リーチェンは、『初夏のパリは人生への贈り物』で知られる。ロサンゼルスで爬虫類を商っていた中国系アメリカ人のリーチェンは、大消失で店を失ったあと、多くの流出組と同じように自国を離れた。彼は世界を放浪し、壊滅から立ち直りつつある世界の都市と、大消失の影響などまったく受けなかった「未開と呼ばれる賢者の都」を見てまわった。最終的にパリに落ち着き、昨年亡くなった。2029年で一番惜しまれた作家の死だった。

 

 その日は冬ながらリーチェンの言葉を思い出させるような、さわやかに晴れた土曜日だった。パリ名物のひとつであるセーヌ河岸の古本屋は、その日もにぎわっていた。シテ島をはさみ、川の両岸に露店の古本屋が軒を並べている。「箱」と呼ばれる各々の屋台は文字通り鉄の箱で、2メートルほどの幅しかない。店主は朝やってくると鍵でふたを開け、商売を終えると鍵をかけて帰っていく。

 昔のたたずまいを残すこれらの古本屋が扱うのは、クズみたいな電子ブック(ブッキャン)の中古品と、観光客向けの粗悪なポリ強化紙製のレプリカ紙書(ビブロ)、プラスチック製の絵葉書のたぐいだ。

 

 街はずれに小さな古本屋をかまえているガブリエル・ペガスには、ここで買うものなどない。それでも毎週土曜日は店を開けるのを午後にして、午前中をここでの散歩に費やすのが習慣になっていた。雨や寒風にさらされる露天商たちには、なにか彼が気後れするような、たくましい本物の古本屋らしさを感じるのだ。「本物の」というのは彼の個人的な感覚であり、もちろん他人には通じなかった。

 

 ガブリエルが子供の頃にあこがれたのは、じつはここで箱を持つことだった。学生時代うっかりその夢をもらして、好きだった女の子に笑われた。そのときのことは今でもトラウマになっている。彼女の口調まで覚えていた。

「あなたの話すことって、絵空事ばっかりね」

 彼女はそう言って、くすくす笑いながらタバコの煙をふーっと吐いた。

 もうすぐ三十になるが、彼の外見はその頃とあまり変わらない。やせた長身は猫背気味で、持っている服の大半は実際学生時代から着ている。そばかすのある鼻に、ずれてもいない眼鏡を押し上げるクセも抜けていない。

 

 ガブリエルは河越しに、真っ青な空を背景にしたノートル・ダム大聖堂を眺め、深呼吸して古い心のとげを吐き出した。そして想像する。紙バブルの前は、ここでも紙書籍が売られ、ときおりは掘り出し物もあったという。自分が生まれる前のその時代を想像してみる……すべての箱に紙の本だ……少し気分がよくなる。景色も今とはちがっただろう。少なくとも、景観をぶちこわしたと悪名高い、電飾だらけのサン・ミッシェル・タワーは見えなかったはずだ。あれは大消失のあとにできたものだから。

 

「ロー・プライ! イッツ・ビューティフゥ・カード!」

 なまりのある簡易英語(ピジン・イングリッシュ)が、観光客に向けて投げかけられる。大消失後に、大量に流出した英語圏からの移民たちと一緒に広まった混成語だ。観光客にも外国語では応じないことで知られていたフランスだが、今では他の多くの国と同様、ほとんどの者が母国語とピジン英語のバイリンガルだ。

 

 大消失後の移民が入り乱れる世界に生まれた若い世代にとっては、「母国」自体が複合的なものであり、母国語へのこだわりも少なかった。彼らの中には、ピジンイタリア語だろうが、ピジン中国語だろうが、ピジンアラビア語だろうが、役に立つならすぐに身につけ、使いこなしてしまう者が少なくなかった。

 観光客のカップルが絵葉書を買った。プラスチック製の「紙幣」を出す。大消失は大昔のことなのに、電子マネーはいまだに敬遠されている。

 

 ガブリエルは、セーヌ川から離れて地下鉄(メトロ)の駅へ向かった。途中、『法定古書取扱店』の看板を掲げる高級古書店のウィンドーをのぞく。ただの古本屋(ブキニスト)とは格が違う。紙書籍の初版、モロッコ革の装丁、美しい彩色画が描かれた羊皮紙……これらは大消失のまえから貴重品だったのだ。

 店そのものも品格を漂わせている。前々世紀のままの美しい内装は、今はやりのレトロ風ではなく、実際にその頃にほどこされたものだ。入っていく客も明らかに裕福な、不労所得を持て余した人々だった。

 ガブリエルは思わず立ち止まって見入ったが、警備員が近づいてきたのに気づいて足早に離れた。紙バブルの前は、いくら高級な古書店でも24時間警備員を置いたりはしなかったという。ガブリエルには信じられない。

 

 地下鉄を降り、ジョルジュ・ブラッサンス公園の古書市を駆け足で見て回る。これも毎週末のおきまりのコースだ。

 屋根のある元青果市場で行われるこの古書市は、大部分は近郊からトラックでやってくる古本屋で、仮設の販売台に雑然と並べた箱の中身はほとんどがクズだ。だが、田舎には思わぬ掘り出し物が眠っていることがある。投資としてではなく、趣味としての掘り出し物だ。

 ガブリエルはレプリカの紙古書籍を二冊買った。仕入れではなく自宅の本棚に納めるためだ。こんなことをしているから、古本屋仲間からはいつまでたっても素人だといわれる……それでもやめることができない。やめる必要があるだろうか?

 

 ガブリエルはいつもの週末どおり、昼過ぎに自分の店へ向かった。大通りから一本路地を入ったところに彼の店はある。路地へ曲がる角には小さな花屋があり、店先で大柄な娘が小さな花束をいくつもこしらえていた。彼女はガブリエルに気づいて声をかけた。

「ガブリエル! ちゃんと食べてる?」

 ガブリエルは返事代わりにサンドイッチの紙袋を見せて苦笑した。たしかに彼は、誰が見ても「ちゃんと食べてる?」と聞きたくなるほど痩せていた。

 

 花屋の娘はミシュリーヌという。ガブリエルの顔さえ見れば「ちゃんと食べてる?」というのが口癖になっている、美しい眼とブロンドの髪を持った、あねご肌の下町娘だ。いつもジーンズでばたばたと走り回っているが、エプロンの下に着た襟ぐりの深いTシャツが、魅力的な体のラインを強調している。

 そこへ、ライトグリーンのしゃれたスーツを着込んだ黒髪の若い男がやってきた。イタリア人で、最近足しげく通ってはミシュリーヌを誘っている。

「レトロ風のカフェなんだ。開店したばかり。どう、行ってみない?」

「うーん、悪くないわね」

 ガブリエルは瞬時にミシュリーヌの注意を奪われて気落ちした。だがこんなことは慣れていた。ミシュリーヌのまんざらでもない笑い声を背中に聞きながら、彼は肩をすくめて店に向かった。

 

 シャッターを開け、左右を本棚にはさまれた細長い店の中に入ると、ガブリエルはラジオをつけ、コーヒーをいれて食事を始めた。ぱりぱりと音をたてるポリ強化紙製の新聞を広げ、『本日の紙書籍相場』にざっと眼を通す。ラジオから女性アナウンサーの明るい声が流れた。

『…今年のバカンスには、最先端のレトロな月世界旅行はいかがでしょう? アエロコスモ社が初のフランス籍月面往復定期便を就航させます。シャルル・ド・ゴール空港からの便利な直行便です。本日はアエロコスモ社のジャン・クレール社長をお迎えしています。クレールさん、今度就航する定期便は今までとどのような点が違うのでしょう?』 

『まずは今までにないリーズナブルな料金ですね。新開発の量子エンジンにより実現しました。燃料コストが少なく、乗り心地も格段に上がりました。まるで海洋船のようにスムーズですよ。そしてなにより注目していただきたいのが、美しいレトロ様式の内装です。処女航海では、特に大規模なレトロ・パーティーが企画されています。19世紀の復刻料理や……』

 

 …レトロマニア向けか、と、ガブリエルは目では紙書籍相場を追いながら思った。金持ちの間では19世紀末風俗を愛好する趣味が流行っている……と、テレビで見た。わざわざ大枚をはたいて大昔の服を復元し、山高帽だのステッキだのを身に着けてパーティーを開くらしい。なかにはそのまま出歩く変わり者もいるというが、ガブリエルはテレビ以外では見たことがない。

『ヴィクトリア号、という名前にはなにか由来が?』 

『はい、わが国が誇る19世紀のSF作家、ジュール・ヴェルヌの小説『気球に乗って五週間』に出てくる気球の名に因んでいます』

 ガブリエルは我知らず微笑んだ。勇敢なイギリス紳士たちが、気球でアフリカ大陸を横断する話だ。

『まあ、イギリスの女王の名前かと思いましたわ』

『ええ、その意味もありますね。ヴェルヌの小説はイギリス人が主人公で、そういった意味で気球を名づけています。わが社はイギリスとの共同出資ですから、双方にとって名誉ある名前というわけです……』

 

 じつは就航が決まってから、フランス初の月行き宇宙船は当然フランスに因んだ名前を持つべきだ、という論争がマスコミで取り上げられていた。特にジュール・ヴェルヌ愛好者の団体である大砲クラブは、ヴェルヌの『月世界旅行』に因んでミッシェル・アルダン号だの、砲弾号だのという候補をあげて気勢をあげていた。しかし、結局は経営陣の政治的判断が通ったようだ。

 そして商売のターゲットとなるであろう富裕なレトロマニアたちには、特にイギリスの19世紀風俗……ヴィクトリア朝風を好む者が多かった。その配慮もあるのだろう。国籍を問わない風潮だった。

 クレール社長は咳払いをして続けた。

『…このすばらしい船体デザインは、同じくヴェルヌ作品の映画、『海底2万マイル』に出てきたノーチラス号へのオマージュでもあります』

 ガブリエルは苦笑いした。露骨な大砲クラブへのお追従だ。無意識にヴェルヌの『月世界旅行』の価格を紙書籍相場から見つけ出した。値上がりしているのは無関係ではないだろう。アンリ・ド・モントーのイラストがついた、前編にあたるDe la Terre à la Lune(地球から月へ)が、先週に比べてほぼ二倍の値をつけていた。

『ほんとうに優美でレトロ的ですね! でも宇宙航行に支障はないのですか? 大気圏突入時とか……』

『その点は新しい量子駆動エンジンが解決しています。専門的な話は省きますが、デザインはいっさい制約をせずにすむのです。そしてこのリーズナブルな料金も……』

 …まるで別世界の話だ。この男の言う「リーズナブル」は、自分にとって何年分の収入にあたるのだろう? 一生かかっても払えないにちがいない。しかもへんてこな服装をして月へ行くために? 苦笑しながらガブリエルはコーヒーを飲み干し、縁のない「お得情報」を聞き流して開店準備を始めた。

 

 ガブリエルはまず、店の前に折りたたみ式の台を出した。その上に、中古の電子ブックデータが詰まった箱を乗せてゆく。古書のたぐいをおおざっぱに分けるとしたら、まずは二種類だ。古くなって価値が上がるものと、下がるもの。ガブリエルが扱うのはおもに後者だ。けっして望んだことではない。

 

 収入のほとんどは、たしかに店先に並べた均一価格の電子ブックが稼ぎ出している。だが店の奥の鍵のかかったガラスケースには、少数ながら本物の紙の本が麗々しく飾ってあった。彼にとってはプライドのよりどころみたいなものだ。だが、手放したくないので値段はつけていない。幸か不幸か、客に値段を聞かれたことはなかった。ここはそういう通りなのだ。