Masterpiece/『ベニスに死す』

 

定番というかクラシックというか。特に腐女子系界隈ではご覧になってる方が多いと思います。初老の作曲家がベニスで見かけた美少年に魅了される話。(これを現代にしてもう少し俗っぽくしたのが、ギルバート・アデア『ラブ&デス』ですね。ジョン・ハート主演で映画化もされました)話はそれだけですが……改めて、もうマスターピースの一言でした。見ていてそれしか浮かびませんでした。そしたら、特典で入ってたオリジナル予告編のコピーもその一言でした。「Masterpiece」。やっぱりそれしか言いようがないんですね。

 

見たのはたぶん二十数年ぶり。テレビの洋画劇場で見て、そのあとVHSで見返したかどうか覚えがありません。中にベニスで疫病が流行るという要素が出てくるんですが、まったく覚えてませんでした。なにより、こんなに台詞の少ない映画だったとは。

 

今回見たDVDには『ビスコンティのベニス』という、撮影時の短いドキュメンタリーみたいなものがついてました。原作では主人公は作家だとか、使われてる音楽がマーラーだとか、初めて知りました。(あるいは覚えてませんでした。冒頭から「サントラほしい」が頭のなかをぐるぐると(笑))なにより映画を見たあとに、撮影風景やインタビュー音声で、俳優としてダーク・ボガードを見聞きできたのは救いでした。これは映画なんだよ、ほんとにああなったわけじゃないんだよ、みたいな。現実感というのとはちょっと違うんですが、フィクションとしてのリアリティーが深くて、あまりにのめり込めてしまうので、俳優さんが演じたにすぎないんだと確認できるとほっとします。(ちょっと『ジョーズ』のメイキング写真見たときの安堵と似たものが……(笑))

 

お芝居はボガードの独壇場で、ほとんど一人芝居といってもいいくらい。少しずつ引かれていって、だんだん精神的に追いつめられていく終盤は哀れで圧巻。あの白塗り…なんて残酷な演出なんでしょう。たまりません。(強烈に覚えていたのは、やっぱりあのラストの黒い汗。強烈でした。覚えていたこの映画のイメージは、ほとんどあの映像だけです)

 

が、映画の成功を決定づけているのは、やはり美少年タージオ役のビョルン・アンドレセン。存在自体が伝説ですね。(……うーん、やっぱり音引きなしの「タジオ」のほうがピンときます(笑))たしかパタリロにビョルンてキャラが…名乗ったあとバンコランに殺されてなかったかな。うろ覚えですが、このへんから引用するというのが自分の「時代」ですね(笑)。当時の魔夜峰央さんの美少年イメージの源流はこっち系ですよね。今時なかなかないですね。ゲイじゃなくて少年愛というくくり。

 

主人公はもともと同性愛者というわけではなく、この美少年は天然の美と若さ、純粋さ、こわれやすさ、同時にある種の残酷さ…などなど、いろんなものの象徴です。主人公は別に彼とアレがしたいとかコレがしたいとか厚かましいこと(笑)を考えてるわけじゃなくて…陳腐な比喩ですが、火に引き寄せられる夜の蛾みたいな状態ですね。彼が象徴するものすべてに、哀れなまでに引っ張られちゃうんですね。その彼との手が届かない距離が、よけいに主人公の感情を濃縮させていって…狂おしいというのはまさにこのこと。正当派JUNE。絶品であります。

 

とにかく台詞の少なさと、全編に流れる音楽で贅沢な時間を味わいました。今の日常ってもう、言葉、言葉、言葉ですよね。パソコンとか、言葉でできているメディアにどっぷり浸かっているなかでこういうのを見ると、ほんとに異質な時間の流れ方でした。長いシークエンスが音楽だけ、台詞なしで、それで充分という。見ていてほとんど「癒される」感じがしました。

 

主人公が原作小説では作家だというのが、すごく納得いきました。原作者トーマス・マンの当初のアイデアが作曲家で、マーラーがモデルなんだとビスコンティが語っていますが、小説は言葉で表現するしかないメディアだから、作曲家で書こうとして挫折したんじゃないかな…と想像してしまいました。主人公を言葉の人にすれば、まだ扱いやすそう。映画はその当初のアイデアをすくいとった形になるんでしょうね。よりテーマがストレートに出やすかったんじゃないでしょうか。

 

映画のなかで、主人公が美について議論するところがあるんですが、小説談義で純粋な「美」の論議をするのはちょっと無理そうな…やっぱり音楽のほうが素直にイメージできます。むしろ映画でないと表現できないというか、言葉で表現したら台無しになるというか、まったく別物になるというか…。(原作を読んでないので勝手なイメージですが……映画に出てきた美に関する議論が原作からの引用かどうかわかりませんし。もしかしたら、老いのほうがテーマとして比重が大きかったのかも?)

 

アンドレセンは演技というより表情だけでもう充分という撮り方。へたに演技をさせてないところも作戦勝ち。素材の魅力をそのままお皿に乗せてる感じです。そして演出のたまものでしょうけれど、微妙な表情が絵のように意味を持っていて、引き込まれました。素晴らしい。ほんとに素晴らしかった。部屋でテレビで見てものめり込めるくらいですから、劇場で見たらほんとに魔法にかかったようになれるんじゃないかと。どこかでリバイバルやってくれないかなあ。

 

ダーク・ボガードは設定の初老というほど老いては見えないですが、中年期の老けメイク、程度のタイミングなのかな。特典で入ってた写真のなかに、ダーク・ボガードと一緒にヘルムート・バーガーが映ってるらしきものがありました。バーガーは出てないけど遊びに来たんでしょうか。こりゃービスコンティ再見サイクルくるかなー…(笑)。

 

ヘルムート・バーガー出演作ではなぜか『家族の肖像』が好きで、数年前にも見直しました。が、『地獄に堕ちた勇者ども』とか代名詞(?)の『ルードヴィヒ』とか、ほとんどまったく内容忘れてます…TSUTAYAが旧作100円やってるうちに見直したくなりました。記憶力がダメだと何度も新鮮に楽しめてお得です。(笑)

2012/06/05 17:56

 

※前に使っていたポメラDM100で塩漬けになっていた記事でした。さっと調べた限り未使用みたいなので掲載させていただきました。

タイムスタンプは当時のものです。映画自体はその後もテレビ放映などで見返す機会があり記憶を更新していますが、本文で言及しているDVD特典映像のことはもう思い出せません……(^^;) 機会があればそちらも再見したいです。